松本清張の短編小説『鴉』
『週刊読売』1962年1月7日号に掲載されて、1963年4月に『松本清張短篇総集』収録の1作として、講談社より刊行。
【あらすじ】
火星電器販売部の浜島庄作は、仕事が出来ない平社員であった。職場でも家庭でも余計者のように扱われていた。
しかし労働組合の委員改選で新代議員に当選すると、無気力な生活に突然、一筋の光明が射した。改選後の組合が賃上げ交渉に力を入れて、委員長の柳田修二を中心に大幅なベースアップを要求する。
この機会に会社へ仕返しをすると浜島は決心して、労組内の強硬派となった。
日ごろ軽蔑している上役や同僚たちが驚異の眼でみつめている、と心持がよかった。会社側が最終案を提出すると、柳田委員長の顔色に動揺の色が見えてきた。
考え込む柳田委員長はポケットからマッチを出して、急にポケットに納めた。レッテルにはバーの名前「ゼブラ」と自転車マークが印刷されていた。
翌晩、柳田委員長は無理をしてストライキを決行すれば、火星電器労組が分裂してしまうとスト回避の裁決を下したのだ。
労働争議は収まって、前職場に戻った浜島は資材課倉庫係を命じられて、柳田修二は製品部第一課長に躍進した。
信賞必罰的な人事異動に、浜島は拳を握るが、殊に信用していた柳田が、ぬけぬけと会社側の厚遇を受入れている。浜島の憎悪は燃え上がる。柳田委員長がバーのマッチを隠したのに思い出して、「BARゼブラ」を探し出し十日ほど通い詰めた。そこで柳田と労務担当重役が会っていたのを突き止める。柳田が裏取引を行い会社側に組合を売り渡したのか。さらに憎悪が燃えたが、心が荒んで倉庫内の見回りを怠って、倉庫が出火し半焼、責任を問われ浜島は馘首を云い渡される。
浜島の左遷を知って、困ったことになったと柳田は思った。あの奇矯な人物が黙っておとなしくしているとは思えなかった。予感は不幸にも的中する。クビになった浜島は、昼間から火星電器の本社の玄関へ怒鳴り込むようになった。
「柳田は裏切り者だ。柳田はスパイだ。重役と密談している。証拠もあるぞ!」
浜島の絶叫が幾度も繰返されると、眼に見えない不信感と疑惑とが柳田の周囲に次第にふえてきた。
休養を命じられて、主流からはずされた柳田は、西郊外にいる浜島と話し合おうと決心するのだったが。
(本作はNHKテレビによって、1965年にドラマ化されている。)
著者は「東京の西郊外、国分寺、小平、田無などを歩いていると、武蔵野特有のケヤキの多い防風林に囲まれた農家をよく見かける。シャーロック・ホームズの事件簿では、ホームズが田舎に出かけて、絵心のない者でも絵を描きたくなるような風景に接し、そこに犯罪が隠されていると呟き、ワトソンを驚かせるところがあるが、私も武蔵野の田園風景に犯罪の潜在を感じたといえなくもない。もう一つ、新道路建設予定地の中で頑張っている民家の一軒から「犯罪」の存在を思いついて書いた」と述べている。
阿刀田高は「『鴉』は、犯罪の動機と、ミステリー的トリックがべつべつに作者の頭の中にあって、それが合致して一篇の作品となったケースではあるまいか」「不吉な事件には、そしてこの主人公のようなパーソナリティには、この動物(カラス)がよく似合っている」と評した。
« 松本清張ドラマ『書道教授』 | トップページ | 『火の記憶』松本清張 »
この記事へのコメントは終了しました。


コメント