【朝ドラ】やなせたかしが経験した「母との別れ
母の再婚を知って自分の置かれた状況を悟ってもなお、母を恨む気持ちにはなれなかったという。
むしろ、母が悪くいわれるたび、ひそかに唇を嚙んでいた。
「お節介にも母の悪口を聞かせる人が周囲にはたくさんいました。ボクは黙ってうつむいていましたが、心の中では一生けんめい母の味方をしていました」
母とは、何も恐ろしかった思い出ばかりではない。芝居や映画が好きだった母は、やなせたかしをつれて、夜に一緒に出かけることもたびたびあったという。
後年、やなせがこんなふうに少年時代を振り返ったのは、映画好きの母のおかげもあったのではないだろうか。
「自分の好きな絵を見ても涙がこぼれ、本を読んでも心の底から感動し、映画を見れば、主人公と自分とがかさなりあい、なんにもできないのに、なんでもできると思いこんでいた少年の日はすばらしい」
母が再婚して立ち去ったことで、やなせは伯父の家で弟の千尋と一緒に暮らすことになった。
しかし、すでに伯父の家の子どもとなっている千尋のように、伯父・伯母夫婦に思いっきり甘えることは、やなせにはできなかったようだ。弟の千尋と同じように「お父さん、お母さん」と呼ぶようにはしたが、どこかで引け目があったという。
それでも「お兄ちゃんと一緒じゃなきゃ嫌」と、どこにでもついてくる弟・千尋の存在は、かけがえのないものだった。ニュートンの場合は、両親がいないことだけではなく、友達もいなかっただけ孤独は深かった。弟の千尋と外で思いっきり遊ぶ日々は、やなせの鬱屈した気持ちをいくらか晴らしてくれたことだろう。
伯父の家に移り住んだことで、やなせは小学校を2年生の途中で転校することになった。転校先では、成績はいつも一番で級長になったが、運動が苦手だったため、目立った存在ではなかったようだ。
そんなやなせが輝いたのは、やはり絵を描くときだった。やなせの絵のうまさはあっという間にクラスに知れわたったようで、同級生たちがノートを手に「お嫁さんを描いて」「ぼくは軍艦の絵!」と次から次に頼みに来たという。
絵はいつだって、自分の居場所を作ってくれる――。やなせたかしはそんなふうに実感したのではないだろうか。
【朝ドラ】やなせたかしが経験した「母との別れ
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