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2025年6月30日 (月)

バロン吉元が「激レアさん」出演、破天荒すぎて天罰を受けたマンガ家として

バロン吉元さん創作人生で経験した数々の激レアエピソードを披露。

「漫画界随一の破天荒さで周りを超振り回しながらヒットを飛ばしていたけど突然信じられない天罰を受けた漫画家」 


バロン吉元の娘でありマネージャーを務めるエミリー吉元が登場。

2022年リイド社入社。マンガレーベル「トーチ」の編集者としてエルド吉水『龍子 RYUKO』等を担当の才女。

これは再放送を望む!

https://share.google/5jEwd8lF5VlsCeEzS


本名で原稿を描いたのに、編集者が無断でペンネームで「漫画アクション」に掲載された。

タコ踊りするマンガ家さん、奥さんは日劇のトップダンサーでした。

https://youtu.be/2JUwwjaHtAA?si=mSSy35jnKmh0pH9x

2025年6月29日 (日)

種村季弘『山師カリオストロの大冒険』

種村季弘『山師カリオストロの大冒険』

中央公論社 昭和53225日 初版

装幀:野中ユリ

帯文:「全欧州を股にかけての詐欺行脚

カリオストロ伯とは何者か――。シチリア生れの稀代のペテン師、魔術師にして錬金術師、フリーメーソンの大首長。ある時は紙幣贋造家、ある時は偽医者、またある時は美人局、etc。大革命の予言者、バスチーユや聖天使城の住人、そして「人間」」


「詩人も山師も、王権の衰弱を露骨に暴露するその よそ者性 によってつねに要注意の危険人物でなかったためしはないのである。」

(種村季弘 『山師カリオストロの大冒険』 より)


目次:

 ゲーテ対カリオストロ

 高貴なる旅人

 北方の放浪山師

 詩人と悪漢

 王妃の頸飾り事件

 天使城の終身囚

あとがき

年譜

参考文献

https://share.google/IDJRiCyFLVyrG3D0J


◆本書より◆

 ゲーテ対カリオストロ」より:

「さるにても、事実と符合しない部分のすくなくないカリオストロの回想録を口から出まかせの嘘八百と考えたのは当時の「一般大衆」であって、すくなくとも隠秘学を少々かじった知識人がそれほど単純な受け取り方をするはずはなかった。実際エッカーマンに打ち明けているように、ゲーテも事実と真実とを混同しがちな一般大衆の単純な反応はとみに警戒していた。カリオストロの身上話は事実ではないとしても、比喩としてなら出鱈目どころかこれ以外に真実の語りようはなかったのである。孤児が自分の輝かしい出生の隠された秘密をたずねて親探しに放浪するという筋書の物語は、オリエント-地中海一帯のグノーシス思想やマニ教のイニシエーションにおける重要な秘伝である。マニ教徒たちは自分たちを孤児と称していたし、錬金術師がその作業(オプス)の最初に扱う第一原質(マテリア・プリマ)のまたの名も「孤児」である。孤児は艱難をきわめる遍歴の末に真の親を探し当てて、すなわち高次の秩序の支配する世界に転生するであろう。」


「イタリアからの帰国後、ゲーテは奇妙にあわただしく、何者かに追われるようにして古典主義の傘下に身を寄せた。カリオストロ体験も、パラゴニア庭園の彼方に垣間見た東方の神秘の庭も、すべては厳格な形式の殻のなかに密封され、革命とロマン的陶酔との直接の接触は慎重に回避される。」

「ゲーテ対カリオストロの虚々実々の合戦はひとまずここで終る。(中略)だが、(中略)双生児たる詩人と山師、芸術家と犯罪者の間には、おそらく両者を仲介する第三項たる英雄が介在しなければ真の意味の勝敗は着き難いのである。」

「英雄はやってきた。但しその真偽の程は請け合い難い。確実に言えるのは、この大物の登場によって、死せるカリオストロの記憶もゲーテの現存も、みるみる色褪せたということである。そしてこのいかがわしい英雄すらもが没落した後から踵を接して、あの生真面目で退屈な十九世紀がやってきた。

 カリオストロが先ぶれとなってヨーロッパにもたらされた「無秩序」、すべての階級と人間が自分の居るべき場所を見失ったと感じた無政府状態は、ところもコルシカ島生れの青年将校ナポレオンの登場によって、すべての人間があるべき場所を見出すはずの皇帝独裁に転換された。」


 高貴なる旅人」より:

「カリオストロのヨーロッパ諸宮廷における活動は、もともとカリオストロ個人の才腕のみによるものではなかった。彼を受け入れる側にあらかじめ催眠に罹りやすい素地があった、というよりはむしろ彼を口実にして狂熱的な夢遊状態に陥りたがっていた時代の一般的動向が先行していたのである。カリオストロがいなければ、人々は確実に一人のカリオストロを作り上げたのに相違ないのだ。啓蒙主義と百科全書派が、ドイツでならカントとレッシングが、理性の光によって地上から神を一掃し、同時にイエズス会が解散して「地下」に潜ったとき、急激な時代の転回は前代の敬虔主義(ピエテイスムス)に基づいた宗教感情に何らかの代償物を当てがってやらなければならなかった。」

「カリオストロ伝説を古来の魔術師伝説の再来として仮構したのは、カリオストロ自身であるよりもはるかに同時代人の方だったのである。十八世紀人にとって、問題は、カリオストロのような人物が、したがってこの怪物を作り上げたアルトタスのような導師が、いたかどうかではなく、むしろいて欲しかったのであり、いなければならなかったのである。」


 詩人と悪漢」より:

「カリオストロという一人の男に帰せられたありとあらゆる矛盾する諸要素は、十八世紀末という時代そのものに内在する矛盾であった。むしろカリオストロは、彼一個が矛盾をことごとく具えた複雑な人格であるよりは、「特性のない男」であるその無垢な単純さのうちに時代の混乱を映し出した鏡であったのではなかろうか。」


「詩人たちは悪漢(ピカロ)を書いたが、書いたばかりではなく、彼ら自身の上に多少とも悪漢とまぎらわしい節々が見られた。彼らは芸術家と詐欺師との間の密通関係を明晰に洞察しているのである。(中略)近代市民社会における芸術家は、身許不明の詐欺師とまったく同様に、かつてゲオルク・ジンメルがよそ者を定義したような意味での「遠近の共存」を体現していて、遠くにいながら近くにいる。カリオストロの場合なら遠いエジプトに根拠を持ちながら、ここストラスブールに登場しているのである。ここにいながら、彼はここの住人とは異なってエジプトからここを鳥瞰するすべを心得ている。ことほど左様によそ者の社会学的役割は目先の現実に捉われないその公平無私な客観性にあり、さまざまの主観的利害関係が紛糾して収拾不能の観を呈していた十八世紀末ヨーロッパ社会では、慣習に捉われないよそ者の不羈奔放な客観性、高次の普遍性にしたがって卑近な現実に対処する行動様式は、旧体制の重圧にたいする清爽な風穴のように思われたのであった。」

「詩人も山師も、王権の衰弱を露骨に暴露するそのよそ者性によってつねに要注意の危険人物でなかったためしはないのである。」


 王妃の頸飾り事件」より:

「バスチーユ占拠の模擬演習を主宰し、革命を予言したカリオストロは、現実の政治的変革から何らの利益も受けなかったのであった。(中略)では、彼は一体、革命前夜のパリで、何をしたというのだろう。何もしなかった。ただ通りすぎただけであった。そのことを誰よりもよく知っていたのは彼自身である。(中略)「これが私である。私は貴人にして旅人である。私が語る。すると諸君の心は古代の言葉を聞いてざわめく。すなわち、諸君の胸のうちにあって、久しい以前から沈黙していた声が、私の呼び声に応えるのだ。(中略)国々を私は、いたるところに聖霊(レスプリ)が来臨して諸君に通じる道を見出すことができるように、そのために巡り歩く。(中略)まことに私は通過するだけなのだ。私は高貴な旅人(ノーブル・ヴォワイアジュール)ではないだろうか?」

 彼は諸々の物質の間を化学的触媒のように、あるいは錬金術的化金石のように通りすぎる。その結果、物質たちは以前の状態から分裂と結合の激烈な運動を通じて高次の変革された状態に移行するだろう。だが、通りすぎるのみの「高貴な旅人」であるカリオストロは結果の恩恵に与るものではない。」

「高貴な旅人が通った場所では一切が変化するが、旅人その人はすこしも変らないのである。」

「そもそも悪漢小説(ピカレスク・ロマン)は正確に裏返しにされた「高貴な旅人」の遍歴物語であり、悪漢(ピカロ)はパロディーとして俗の側から造型された聖なる通過者にほかならない」「悪漢小説の悪漢は「誰でもない人」としてさまざまの欲望と情熱の渦巻く場を通りすぎる。そして彼が風のように来り去った後で彼に触れた欲望と情熱はそれぞれが自覚的な形の究極に達して、みずからに潜在していた喜劇性を期せずして公開してしまう。

 『タルチュフ』や『大コフタ』や『こわれ甕』の作者が意図していたのも、この乙に澄した連中の見かけ倒しの、一人の触媒的存在による情け容赦のない暴露であった。一篇の貴種流離譚はつねに山師の冒険小説とすれすれに表裏をなしているのである。」



「あとがき」より:

「同一人物のなかで精神と肉体がこれほど分裂している人間もめずらしいのではなかろうか。一体、どちらが真のカリオストロ像なのであろうか。精神の側からアイデンティティーを追って行くと肉体の生臭い壁に突き当り、肉体の側から正体を突き詰めると精神の気流に足をすくわれる。そもそも伝記を書くという作業は、相手のアイデンティティーを前提にしなければ成り立たない。それならば、生身をつかまえたと思うと影だけが一人歩きしてどこかへ遁走してしまうような、このシャミッソーの小説の主人公のような人物をどう料理すればいいものかと、私は思いあぐねた。といって、本音と建前が一致しない人間が、本音を抑えて建前を通したとか、ついに本音を吐いたとかいった類の話ではない。

 どうやら、なまじアイデンティティーなどに気を遣うのが間違いのもとだったのである。精神と肉体の分裂を悪びれずに認識し、これを解消するよりはむしろ両者の分裂をこそ方法として行動した、一人の爽快な行動家の肖像を描けばいいのだ。そう気がつくと連立方程式はすらすらと解けた。」


本書「あとがき」より

「山師であることと聖なる警世家であることが裏腹に矛盾するというのは、アイデンティティーなるものに固執しているからで、メービウスの帯のように表をなぞっていると裏に、裏をなぞっているとまた表に出てしまうようなトポロジックな空間のなかにわが主人公を泳がせてみると、かけ離れた両極の間には対比ではなくてむしろ打てば響くような共謀共犯関係が働いていることが判明する。そして、思えば、現代の私たちもまた、同じように奇妙にして且つまっとうな、トポロジックな空間構造のなかにげんに生きているのではなかろうか。 


「本書の原型は、文芸誌「海」(中央公論社発行)の昭和五十一年二月号から同年十二月号にかけてほぼ隔月連載した同題の雑誌原稿である。単行本編集に際してはかなり増補と改訂を施した。執筆前にカザノヴァ研究家窪田般彌氏に文献その他に関して頂いた御教示が大変参考になったことを、ここに申し添えておきたい。」

2025年6月27日 (金)

枝豆を食べる

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2025年6月26日 (木)

『奪われた家/天国の扉 動物寓話集』コルタサル 寺尾隆吉 訳 (光文社古典新訳文庫)

保坂和志氏絶賛!

コルタサルの書く「幻想」は絵空事ではなく、劇的な「真実」のことだ。

夢や悪夢、目に見えない驚異、登場人物の入れ替わり、死、子供の視点、遊び、象徴機能を帯びた動植物など、コルタサル文学の基調となる要素が揃っているのみならず、一風変わったコンマの打ち方と突発的な口語表現の挿入によって独特のリズムを生み出す文体もすでに確立しており、コルタサルの真骨頂を十分に堪能できるだろう。(解説より)


物語

古い大きな家にひっそりと住む兄妹をある日何者かが襲い、二人の生活が侵食されていく「奪われた家」。盛り場のキャバレーで、死んだ恋人の幻を追う「天国の扉」。ボルヘスと並びアルゼンチン幻想文学を代表する作家コルタサルの「真の処女作」である『動物寓話集』。表題作を含む全8篇を収録。


【収録作品】

奪われた家

パリへ発った婦人宛ての手紙

遥かな女 ──アリーナ・レエスの日記

バス

偏頭痛

キルケ

天国の扉

動物寓話集


〈あとがきのあとがき〉ラテンアメリカ文学の面白さを見直すために──短編作家としてのコルタサル──寺尾隆吉さんに聞く(前編)

〈あとがきのあとがき〉ラテンアメリカ文学の面白さを見直すために──短編作家としてのコルタサル──寺尾隆吉さんに聞く(後編)

光文社古典新訳文庫

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アルゼンチン幻想文学の巨匠フリオ・コルタサルの第一作品集の邦訳。

収録作品はアンソロジーや雑誌に既訳が多くあり、まとまった形での邦訳は初めて。


兄妹が住む屋敷が何者かに占拠される「奪われた家」、女性の留守宅へ住む男が子ウサギを吐き出すシュールな作品「パリへ発った婦人宛ての手紙」、美しい女性が遠くの国にいる自分の分身の境遇を感じ取る分身小説「遥かな女 アリーナ・レエスの日記」、バスに乗り込んだ若い女性が乗客たちから奇妙な扱いを受ける「バス」、謎の生物「マンクスピア」の世話をする男と女の日常を描いた「偏頭痛」、婚約者二人に死なれている女性と新しい婚約者の恋の行方を描く「キルケ」、死んだ妻の幻影がダンスホールに出現する「天国の扉」、預けられた家での少女の不穏な日常を描く「動物寓話集」の8篇。

収録作品の多くに動物が登場するのが、この短篇集のタイトルの由来か。


コルタサルの作品では、不思議な現象が突然発生するが、それについて説明が全くされない。しかも登場人物たちもそれらの現象に対して不思議だと思っていない。

コルタサルには「何が起きているのかはっきりしない」作品があって、代表的な作品「奪われた家」である。家を奪う「何者か」については全く描写されず、主人公たちの妄想とも取れるが、そう解釈しても不可解である。

これがコルタサルの魅力でもある。


フリオ・コルタサル    Julio Cortazar

[ 1914  1984 ]    アルゼンチンの作家。ベルギーのブリュッセル生まれ。1918年、家族揃ってアルゼンチンに帰国。大学退学後は首都ブエノスアイレスを離れて地方都市で教員生活を送るが、'45年にブエノスアイレスに戻り、教職を放棄して文学作品の翻訳や短篇、文学論の執筆、通訳資格の取得などに意欲的に取り組む。'46年、ボルヘスに認められ短篇「奪われた家」を雑誌に発表。'51年に留学したパリにとどまり執筆活動を続ける。'63年発表の『石蹴り遊び』が大成功を収め、'64年の『遊戯の終わり』増補版で作家としての地位を確立させた。84年パリで死去。他の短篇に『対岸』『秘密の武器』『八面体』などがある。

2025年6月25日 (水)

『最後から二番目の恋』最終回《またいつの日か…鎌倉で》

『続・続・最後から二番目の恋』(フジテレビ系)は、大人の恋心の機微を描いた小泉今日子&中井貴一主演の月9ドラマで、623日(月)に最終話となり幕を下ろした。

古都・鎌倉を舞台に、テレビ局のプロデューサー・吉野千明(小泉)と、市役所の職員・長倉和平(中井)の恋を描いたロマンチック&ホームコメディ。

2012年に第1期、2014年に第2期が放送され、実に11年もの時を経てオリジナルキャストが再集結した第3期だった。


《またいつの日か鎌倉で》は、千明と和平が2人きりで語り合うラストシーンで挿入された言葉。

かつて泥酔状態でプロポーズしていたのを確認して、気持ちを通じ合わせたものの、やはり結婚せず正式に付き合うのもなく終幕。

お互いに一番大事に想っている存在だからこそ、恋人や夫婦になってしまうと、いつか “別れ” が訪れるのではないかという恐怖心があり、いまのままで隣に居続ける結末。

けれど和平が「いつか、心がとけて、怖さが薄くなったら、一緒に暮らしましょう」と持ちかけ、千明が照れながらも承諾するハッピーエンドだった。


このエンディングを観て、『最後から二番目の恋』というタイトルの意味が変わっていること。

もともとは “いつか別れが来ることが前提の恋” という意味あいだったはずだが、千明と和平の最後の会話で、これからもずっと一緒にいることを確認したため、本来のタイトルの意味は形骸化された。

本作の脚本家・岡田惠和氏は第3期の最終話でタイトルに違う意味を持たせている。

最終話のサブタイトルは《いくつになっても、未来に恋していたい》。そして終盤に千明によるナレーションで、「未来の自分に恋をし続けよう。60歳、楽しいことがまだまだ、まだまだ、絶対ある」と語られた。

タイトルにある “” を、男女の恋愛についてではなく、未来への希望といった意味に置き換えている。

『舟を編む』三浦しをん(光文社文庫)

女性ファッション雑誌『CLASSY.』に200911月号から20117月号にかけて連載され、2011916日に光文社より単行本が発売。雑誌連載時の挿絵や単行本の装画、文庫のカバー装画は、雲田はるこが担当。2012年、本屋大賞を受賞。

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【あらすじ】

玄武書房では中型国語辞典『大渡海』の刊行計画を進めていた。定年を間近に控えて後継者を探していた辞書編集部のベテラン編集者・荒木に引き抜かれて、営業部員の馬締光也は辞書編集部に異動する。

社内で「金食い虫」と呼ばれる辞書編集部であったが、馬締は言葉への強い執着心と

律儀さで活動する。

下宿先のアパートを本で埋め尽くし、大学院で言語学を専攻するほど「言葉」に興味を抱いていた。言葉に対する鋭い感覚を持ち、整然とした美を愛する辞書づくりには相応しい才能を持っているのだった。

「みっちゃんは、職場のひとと仲良くなりたいんだね。仲良くなって、いい辞書を作りたいんだ」

タケおばあさんに言われ、馬締は驚いて顔を上げた。伝えたい。つながりたい。

自分の内心に渦巻く感情は、まさしくそういうことだと思い当たったからだ。

p.35

はじめは辞書編集部になじめずに悩んでいたが、言葉を使って「伝えたい」「つながりたい」という感情があるのを自覚する。


辞書編集部にいる西岡正志は、馬締とは対照的で、お調子者の社員だった。辞書には思い入れはなかったけど、辞書の編纂作業に打ち込み尽くしてきた。しかし馬締という辞書づくりの才能を持った人間が異動してきたことで、「自分はお払い箱になる」という予感を感じ始めた。

そして、ついに西岡に、広告宣伝部への異動が言い渡される。西岡は辞書編集部を去る前に、馬締が苦手とする対外交渉に励むようになる。どの部署へ行っても同僚として「大渡海」を全力で支えることを決意した。


大切なのは、いい辞書ができあがることだ。すべてをかけて辞書を作ろうとするひとたちを、会社の同僚として、渾身の力でサポートできるかどうかだ。(p.140

 

この物語には、辞書編纂に人生をかける人々が、それぞれが情熱を持って仕事に邁進する姿が描かれる。

常に用例採集カードを持ち歩き、語釈に頭を悩ませ、辞書を印刷する紙にもこだわりぬく。そんな彼らの仕事ぶりに、辞書というものの奥深さに気付かされる。


荒木が退職してから西岡まで宣伝広報部へ異動してしまい、それから何年経っても人員の穴埋めがない状態が続きます。

実質社員は馬締オンリー。これは会社が『大渡海』のことなどどうでもいいと思っている証拠です。しかし、粘り強い馬締は我が道を歩み続け、ようやく岸辺みどりという、女性向けファッション誌「ノーザン・ブラック」編集部から異動して来た若手社員を確保します。


岸辺みどりが【愛】の意味を『異性を慕う』ではなく、『他者を慕う』にするべきでは?と意見した際の言葉です。

 

「大渡海は、新しい時代の辞書なんじゃないんですか。多数派にもおもねり、旧弊な思考や感覚にもとらわれたままで、日々移ろっていく言葉を、移ろいながらも揺らがぬ言葉の根本の意味を、本当に解釈することができるんですか」P199

 

辞書は商品だ。のめりこんで作るのも大切だが、どこかで折りあいをつけねばならない。会社の意向、発売時期、ページ数、価格。大勢の執筆陣といったものと。どれだけ完璧を期しても、言葉は生き物のように流動する。辞書は真実の意味での「完成」を迎えることがない書物だ。思い入れすぎては、「ここまでにして、世に問おう」と踏ん切れなくなる。P104


学者肌揃いのメンバーの中で、西岡や岸辺の存在は、普段の心地悪さを抱えながら、唯一商売目線で辞書づくりを誘導できる。馬締が苦手とする交渉や宣伝やってくれるため、辞書編集部に必要不可欠なメンバーとなる。


【映画予告編】

https://youtu.be/0kwCc-1o1lc?si=b0ROfX1Qn-PU6FDu


どれだけ言葉を集めても、解釈し定義づけをしても、辞書に本当の意味での完成はない。一冊の辞書にまとめることができたと思った瞬間に、再び言葉は捕獲できない蠢きとなって、すり抜け、形を変えていってしまう。辞書づくりに携わったものたちの苦労と情熱を軽やかに笑い飛ばし、もう一度ちゃんとつかまえてごらんと挑発するように。馬締にできるのはただ、言葉の終わりなき運動、膨大な熱量の、一瞬のありさまをより正確にすくいとり、文字で記すことだけだ。P71 


たくさんの言葉を、可能なかぎり正確に集めることは、歪みの少ない鏡を手に入れることだ。歪みが少なければ少ないほど、そこに心を映して相手に差しだしたとき、気持ちや考えが深くはっきりと伝わる。一緒に鏡を覗きこんで、笑ったり泣いたり怒ったりできる。


「私は十代から板前修業の道に入りましたが、馬締と会ってようやく、言葉の重要性に気づきました。馬締が言うには、記憶とは言葉なのだそうです。香りや味や音をきっかけに、古い記憶が呼び起こされることがありますが、それはすなわち、曖昧なまま眠っていたものを言語化するということです」


「言葉は、言葉を生み出す心は、権威や権力とはまたく無縁な、自由なものなのです。また、そうであらねばならない。自由な航海をするすべてのひとのために編まれた舟」


「穴の開いた舟ではいけない」

「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」
「ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう」
「海を渡るにふさわしい舟を編む」


なんとか『大渡海』のベースを作り上げて松本先生のもとへ駆けつける。辞書には終わりはない。『大渡海』は無事に予定通り刊行されるが、その後すぐに改訂作業へと入る。


三浦しをん 1976年、東京生まれ。2000年、『格闘する者に』でデビュー。以後、『月魚』『秘密の花園』『私が語りはじめた彼は』『むかしのはなし』など、小 説を次々に発表。2006年、『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞受賞。

小説『風が強く吹いている』『仏果を得ず』『光』『神去なあなあ日常』な ど、エッセイ『あやつられ文楽鑑賞』『悶絶スパイラル』『ビロウな話で恐縮です日記』などがある。

2025年6月24日 (火)

ドラマ10「舟を編む~私、辞書つくります~」

作家・三浦しをん原作小説のドラマ『舟を編む 〜私、辞書つくります〜』。

ドイツの「ワールド・メディア・フェスティバル」金賞、ギャラクシー賞、東京ドラマアウォードなど、国内外で高い評価を得て話題のBSドラマが、総合テレビで放送中。


大人気ファッション誌の編集部員・岸辺みどり。雑誌の廃刊が決まり、突如異動になった先は辞書編集部。そこは、ぼさぼさ頭で超がつくほどの生真面目上司・馬締光也を筆頭に、くせ者ぞろい。 

みどりは彼らに翻弄されながらも、一冊の辞書を作るために十数年間に及ぶ時間と手間をかける根気と熱意に触発され、次第に自らも言葉の魅力を発見、辞書編さんの仕事にのめり込んでいく。辞書「大渡海」を完成させるまでの、辞書編集部員たちの奮闘物語。


〈辞書というのは色々な言葉があり、例えば謝罪の言葉で、「ごめんなさい」「すみません」「深謝いたします」「ご海容ください」「多謝」「万謝」「懇謝」「鳴謝」など、本当に初めての言葉が多くて、頭のリハビリになる。〉

ドラマ10「舟を編む~私、辞書つくります~」

【放送予定】617日(火)スタート<全10話>

 総合 毎週火曜 夜10:0010:45

[再放送] 総合 毎週金曜 午前0:351:20 木曜深夜

【原作】三浦しをん『舟を編む』

【脚本】蛭田直美(全話) 塩塚夢(第5話共同執筆)

【音楽】Face 2 fAKE

【演出】塚本連平 麻生学 安食大輔

【出演】池田エライザ 野田洋次郎 矢本悠馬 美村里江 渡辺真起子 前田旺志郎/岩松了 向井理 柴田恭兵 ほか

【制作統括】高明希(AX-ON) 遠藤理史(NHK) 訓覇圭(NHKエンタープライズ)

ギャラクシー賞 第62回テレビ部門 選奨受賞

ドイツ・ワールドメディアフェスティバル2025 金賞受賞

東京ドラマアウォード2024 連続ドラマ部門 優秀賞受賞

40回 ATP賞 奨励賞受賞


池田エライザ「なんて」の奥深さにショックと感銘 海外でも高評価のドラマ版「舟を編む」

https://l.smartnews.com/m-m2cYPXW/oxsegl

赤瀬川原平の名画読本(智恵の森文庫)

[世間の評価、意義や思想性で絵を見てはい けない。早足で見る。自分が買うつもりで見る。自分でもちょっとだけ描いてみる。画家である著者が教える名画鑑賞術。「印象派の絵は日本の俳句だ」「ゴッホが陰に『色』をつけた 」「ゴーギャンが教える塗り絵の楽しみ」とは、など巨匠15人の代表作の真髄に迫る。解説:安西水丸]

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印象派のリアリティー、油絵の具の感触、モネの日傘の芯棒、マネの黒魔術と黒猫、セザンヌの塗り残すチカラ、ゴーギャンの塗り絵、ブリューゲルの事物報道、フェルメールのカメラの目、マチスの色温、ルノワールの倦怠感。15分の9鑑賞。ブリューゲルの「雪景色の狩人たち」など簡単に名画散策する。


赤瀬川原平さんと美術館巡りをして、15枚の絵画を見て鑑賞するような気持ちになる。


モネ「かつてあった空気のたしかさみたいなものが,意味もなく悩ましい。」

マネ「この四つ足で踏ん張って立っている可愛い黒猫から,黒い色が発生している。」

ゴッホ「現実を前にしてこそ,それを写し描く中での自由が輝いてくる。」

ダ・ヴィンチ「レオナルドの絵は金属的なところが好きだ。」

コロー「食べると美味しそうだ。」

ルノワール「南洋の熱帯魚の刺身でも食べているみたいだ。」


「芸術というのは計算ができない。出来上がりのラインというのは、本当はあるようでいて、ないようでいて、あるようでいて、ない。そこが製品と作品の違い


展覧会は急ぎ足で見ろ。これはと思う絵の前だけ立ち止まれ。好きな絵、美味しい絵を本音で確かめ、身銭を切って買うのか考えろ。」


15巨匠の15作品を解説・批評。歯に衣着せぬ発言を独自にする。


「絵画も、味わいということでは食べ物に通じる。絵画は知識のためにあるのではない。味を楽しむためにある。栄養も知識もその結果としてついてくる」(84p)という。


 絵は鑑賞するものだけど、もとは描くものである。だから描いてみないと鑑賞し尽くせないところがある。上手い下手に関係なく、いちど絵具を扱ってみると、ああ、あの感触がここにある、というのでそれだけ画家の位置に近づける、というのでそれだけ画家の位置に近づける。感触だけではない。空の色を出す難しさ、樹木を生き生きとした感じを出す難しさ、といった体験があってはじめて絵の面白さがわかる。あれは好きこれは好きと自信をもって言える。
 だから絵を見るのが好きだという人には、ちょっとだけ描いてみることを是非お勧めしたい。別に上手く描く必要もない。人に見せるためではないのだ。恥ずかしければこっそり押し入れの中で描いてみるといい。キャンバスの感触、油絵の具の感触、どんな名画もこうやって出来るのだという入り口が見えてくる。


セザンヌについて

「でも、この緊張は何だろうかと思った。なんだか妙に生々しい。この作品の美品度というのが何か異常なほどで、まだできたばかりで一目にも触れていない、というほどの新鮮さがある。画家のアトリエから、まだできていないのに運ばれてきた、という生々しさである。」

「ではこのセザンヌの絵はどうする。すでに感動してしまっているこの感動の値打ちはどうする。
 あらためて画家の筆先について考えてしまった。とくにセザンヌの絵の筆触である。タッチという。何か明らかに確信をもってタッチを重ねていると見えるのに、その確信がどこにあるのかぜんぜんわからない。そしてこのようにあちこちがばらばらに塗り残されている。」


 東洋の絵ではよくあることである。水墨画など、中心はほとんど余白そのものである。空虚といってもいい。その空虚をあらわすために、ほんの少し松の枝を添えたり、人物を点在させたりする。塗り残しというより、それがもとから逆転している。まずベースとして空虚があるのだ。
 西洋の絵で、描くことといえば絵具を塗りこんでいくことである。画面の隅々まで、そこに見えるものを描きこんでいく。分析的合理主義の充填である。


余白のことを間といったりするが、私たちはそれに慣れ親しんでいる。だからとりわけてそのことを考えたりしない。そういう自分の性質を忘れて、西洋のぎっしり描き込まれた絵を見る。自分と違う異文化に憧れたりしながら、そこに突然出てきた空虚に驚く。


「有名な大作「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」も、まあいい。だいぶ画家の作り笑顔が出はじめてはいるが、それを差し引いても、ルノワールなりの絵を描く楽しみがあふれている。でもだんだんダメになる。

世間的にはそのへんからがルノワールらしいルノワールとして評価されていくのだが、そのころからルノワールはますます自分の絵に鈍感になっていくのだ。世間というのは、世間に迎合してくるものに対して甘い。それはじつは画家に対する落とし穴で、画家の方も世間を甘く見ているつもりで、じつはその落とし穴に落ち込んでいく。」


うーむ印象派の好きな著者は、ルノワールが露骨に嫌いなことを絵画解説しながらも発言されている。


ブリューゲルの『雪景色の狩人』における、人間と動物たちの数の数え方、そして遠くに見える火事現場の解説を面白く解き明かしてくれます。
ロートレックの『ムーランルージュの踊り』を紹介しながら、ロートレックが不幸と障害を抱えながらも屈託の無い明るい性格だったと説明してくれます。


アングルの『泉』を「風俗営業店のフロアに飾るにふさわしい絵画だ。」とけなし、ルノワールの『ピアノを弾く少女』を「緊張感がない」と一蹴している。

ユトリロの『モンマルトルの散歩道』で、
ジョーンズはなぜかユトリロの絵画に惹かれており、ユトリロがどうしようもないアル中で母親思いで、シュールレアリスムやダダイズムが吹き荒れる美術界において、愚直に
パリの町並みばかりを描いていたという経歴に共感を覚える。
ユトリロといいますと、白色の使い方が巧い画家と知られておりますけど、この作品では
ほんと卓抜しているといいますか、白なのに饒舌。画家のパリのいろんな思いや情報を
見ている側に伝えてくれます。
その伝え方がまるでうるさくなく心地いいんです。
シスレーの『サン・マメス』は単純に著者も、「好き」と書いて、ほんと素直に入れ込むことのできる画だなあと思いました。


赤瀬川さんは誰もが感じるであろうマネの絵の印象と疑問に対して、美術家らしい筆致で解説しています。 

マネの『オリンピア』における黒の使い方を絶賛。横たわる娼婦の肌色が死体の色だと
し、その色との対照を褒めます。

マネの描いた「オランピア」がなぜ当時の人々を驚かせたのか、なぜスキャンダルになったのか、マネ以前の絵の裸体が抽象存在の裸であったのに対して「現実の肉体が服を脱いで裸になったとありありと感じた」からと推定している。


〈ヨーロッパの美術館を二、三まわればわかることだが、十九世紀以前の絵の色彩の抑圧というのはやはり凄かったんだという実感を持つ。ほとんどの絵が全部やに色で支配されている。人物や花など画面中心のテーマにはスポットが当たっていても、その周辺はいずれも焦げ茶色である。スポットの当たった人物や花にしても、その陰は黒っぽい焦げ茶色である。陰の部分に色を見る、ということはない。
 夜は暗い、陰も暗い、暗いのは黒、という観念的な公式をもとに描かれている。絵を絵らしく見せる風習というものがしっかりあったのである。見た通り描いていたようでいて、それはその風習の中での見た通りなのであった。


 ところがマネは黒い色が好きである。私にはこのパラドクスが実に面白い。マネの絵をあれこれ見るとわかるが、衣服や背景やその他、黒いものは黒々と塗っている。その黒が美しい。黒い色として美しい。それまでのヤニ色の絵の黒とは違うのである。絵画的風習に逃げ込むような、そういう迎合的な黒とは明らかに違う。むしろ挑戦的な黒い色だ。


 それまでのほとんどの画家が黒をベースとして使いながら、それは黒い色ではなかった。それはテーマ以外をうやむやにするための、それを使っておけば間違いないという、安全パイとしての黒だった。それが十九世紀、自然の色をはじめてそのまま見て吸い込んだマネの目玉が、黒をはじめて色としてみたのだ。そして絵の中に大胆に、積極的に黒い色を塗りこんでいく。印象派を生む自然の明るい色彩世界は、最初に黒い色から始まったという不思議な皮肉。


 マネのキャンバスに塗られる黒はしあわせである。やはり好きで塗られる色は生き生きしている。それまでの、仕方なく塗られていた黒の、生きる望みを失ったような表情とは段違いである。〉


このように色彩を現実にそって描写したのは、マネが初めてだろうと推測するのは斬新な視点ですあります。

美術館を歩いていきながら、さまざまなことに想いを巡らすガイドが素晴らしい。


「何か役に立つもの、何か得になるもの、何か言葉で説明できるものだけを求める人は、どうしても絵に描かれたものを言葉の項目で見ようとする。でも言葉というものは目の粗い笊(ざる)みたいなものだから、気持ちなんて形のないものは全部笊の目からこぼれ落ちる。」


「侘びや寂というのは、いわば無意識の美しさである。知らぬ間にこうなっていた、という美しさを見る目である。」


「たとえば日本人は古い物を嫌う。使い古しを嫌っていつも新しい物を使いたがる傾向がある。名品として古い物はともかく、ふつうの古い物には人前でコンプレックスを感じたりする。だからむしろ侘びや寂という古さに美をみつけることができた。」

『日本にある世界の名画入門』赤瀬川原平(知恵の森文庫)

ドガ、モディリアーニからピカソ、ミロ、クレー、マグリットまで、いちばん面白い時代のこんな名画が日本にあった。

「元祖ヘタウマ」のルソー、寂しい、でもなぜか懐かしいキリコ、シャガールは家庭で揚げる天麩羅だ―ユニークな視点で「近代絵画」の見方を伝授する。巻末に美術館ガイドを収録。解説・南伸坊

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【目次】

モディリアーニ「おさげ髪の少女」-絵画が自我に目覚めはじめた(名古屋市美術館)/ピサロ「ポン・ヌフ」-パリの心地よさを美味しく味わう(ひろしま美術館)/ルソー「要塞の眺め」-素人に描けて、玄人に描けない絵(ひろしま美術館)/ドガ「浴後」-写真と浮世絵で掴んだ現代とは(ブリヂストン美術館)/ピカソ「腕を組んですわるサルタンバンク」-身銭を切って買いたいかどうか(ブリヂストン美術館)/シャガール「ヴィテブスクの眺め」-家庭で揚げる天麩羅との付き合い(ひろしま美術館)/スーティン「セレの風景」-汚ないけど美味い餃子屋の魅力(名古屋市美術館)/マルケ「レ・サーブル・ドロンヌ(オロンヌの浜)」-野獣派マルケに何が起こったのか(国立西洋美術館)/キリコ「ヘクトールとアンドロマケーの別れ」-不安をかき立てる「影」のパワー(大原美術館)/マグリット「王様の美術館」-現代にフィットするCM感覚の妙(横浜美術館)/ボナール「ヴェルノン付近の風景」-印象派を乗り越えた色遊びの快楽(ブリヂストン美術館)/ミロ「パイプを吸う男」-絵は「立派」じゃないといけないか(富山県立近代美術館)/ダリ「ガラの測地学的肖像」-正常の極にあるスリリングな異常/クレー「セイレーンの卵」-絵のどこに虫の動きを感じるか(セゾン現代美術館)/レジェ「佇む女」-世の風潮が消えた後に残る絵とは(池田20世紀美術館)

解説 南伸坊


本書の面白ささと、美術視点からの素晴らしいことは、解説をしてる南伸坊さんが、見事に解き明かしてる。

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奇才 赤瀬川原平さんの 古今東西 四方八方に及ぶ ”名画鑑賞シリーズの一冊だ〜〜 今回は 日本の美術館にある 洋画15 〜〜 

具象性の残っているモジリアーニ” ドガ から 超現実主義派のキリコ” ”マグリット” を経て「絵画」解体前夜の 抽象性の高い ”ミロ” ”クレー” などを俎上に載せている〜 

赤瀬川原平流の鑑賞術の魅力は 懇(ろに且つ嘗め回すが如く各画家 作品と絡み 対話し 独り言?を楽しむでいる点だ!〜〜(構図 色使い タッチから一本一本の線の意味にまで〜)〜そして何よりもあっと言わせる比喩 が印象的だ!〜例えば シャガールの絵を「家庭で揚げる天麩羅」に スーチンの絵に対しては「汚いけれど美味い餃子屋」にと〜〜

読後 不思議な事に 芸術家!赤瀬川原平さんの心の奥底にある ”ブラックホール?が見えた様な気もした!〜〜 

因みに 本書の「名画」の発色もよく 奇麗で 実際に 「原画」の前に立ってみたい気にさせる一冊だ!〜〜  

2025年6月22日 (日)

『田中小実昌哲学小説集成』

田中小実昌 生誕100年記念刊行『ポロポロ』から『アメン父』へ――。幼少期、従軍、復員ののち東大哲学科入学。米軍基地のアルバイトで暮らし、翻訳家、小説家となって後も、コミさんは哲学に関心を持ち続けた。

映画館への途中で、バスの旅で。カバンに忍ばせた文庫本に、文句と注釈をつけながらも読み続ける。そんな日々が、いつしか「小説」となる……。「哲学」「宗教」「小説」の三位一体のかんけいの謎を追究し、著者晩年の代表的シリーズとなった「哲学小説」を初集成(全三巻)。 


「プラトン、スピノザ、カント、コトバからの遁走と追跡の軌道を描くテツジン・コミマサの哲学小説集!」


巻は『カント節』『モナドは窓がない』。巻末に対談を付す。(刊行予定)20251月 第巻(『なやまない』『ないものの存在』) *第巻と同時刊行20253月 第巻(単行本未収録短篇集)


「そういえば、気分的にかもしれないが、自分には、ジャスト・グッド、ジャスト・ハッピイになりたいという気持ちがあったようだ。金があるからハッピイとか、家族みんなが、なかがいいからハッピイというのではなく、ただしあわせになることを、ぼんやりおもってきた。ただしあわせというようなことはありえないんだろうか?」

「愛は、もともと、一方交通ではないのか?神と人間のあいだのようにー。神からの愛はあっても、人間の側からはない。愛し、愛されなんて、そんなに調子よくいくものとはちがう。」


田中小実昌さんと言っても今の読者たちには、面白いじいさんのイメージが浮かんでこないだろう。そんなコミさん哲学小説なんて、蚊帳の外だろう。悩まないコミさんの言葉。


「文学をする者、哲学をする者は、みんななやんだ、なやむために文学や哲学をするというのはわるくちだが、なやみがある者が文学や哲学をやり、ますますなやんだ。この世にうまれてなやまない者は(とくに、そのころのニホンで)考えのたりない者、あるいは自分さえよければことたりるという者で、すくなくとも文学や哲学をやろうとする者は、なやむのが当然だった。

 ところが、ぼくはなやまなかったんだなあ。小説を読むのは好き、哲学もわからないのに好きだったが、なやまない。なやみたくても、なやめないんだから、しようがない。でも、じつは、そんなことになやんでるどころではなく、とにかく勉強しなきゃ、はたらかなきゃ、という者のほうがほとんどだったけど、ぼくはそういう気もない。とにかくバカみたいになやまなかった。」


田中小実昌19252000年、享年74。東京都出身。東京大学文学部哲学科中退。小説家、翻訳家。

戦後の混乱期に風俗の世界に身を投じ、さまざまな職業を体験する。毛糸の帽子がトレードマークの田中は「コミさん」や「コミちゃん」の愛称で親しまれ、飄々ひょうひょうとしたユーモラスなタッチの中に人間の悲しさを描き、執筆活動のほか、テレビや映画出演など幅広く活躍した。
執筆活動は主に翻訳から始まり、カーター・ブラウンの推理小説などの、軽妙洒脱な訳文が注目され、次第に小説も発表するようになる。1971年「自動巻時計の一日」で直木賞候補となり、1979年に、戦中や終戦直後のできごとを題材とした「浪曲師朝日丸の話」「ミミのこと」で第81回直木賞を受賞、同年に父親のことなどを書いた短編集『ポロポロ』で第15回谷崎潤一郎賞を受賞した。
他に『幻の女』『海辺でからっぽ』『アメン父』などの作品がある。

『幻の女・田中小実昌ミステリ短編傑作集』ちくま文庫

近年はなかなか読むことが出来なかったのミステリ作品群が編者の詳細な解説とともに甦る。夜の街の片隅で起こる世にも奇妙な出来事たち。


狂った男が異様なテンションで昔馴染みの女性について独白する「幻の女」、天国とこの世を行き来して自分を殺した犯人を探す「たたけよさらば」他、予測不能の結末、設定や形式、登場人物までが奇妙かつ巧妙に組み上げられた作品群。1960年代から70年代に執筆された “異色過ぎる物語15編が初の文庫化。


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【本書より】

また、このひとのデタラメにひっかかったんじゃない?

このひと、わりと筋のとおったはなしをするときは、かならずデタラメなの。

77頁『幻の女』


 たとえば、夢の世界は、夢をみているひとにとっては、全宇宙、全世界だが、たとえ、いっしょに寝ている恋人や女房にとっても、まるで関係のない、その人ひとりの空間と時間をもつ世界なのだ。

 そして、こうしてわれわれがおくっている毎日が、眠っているときにみる夢とはべつの、とほうもなく長い夢ではない、と言いきれる者がはたしてあるだろうか? あなたの上役も、あなたの妻子も、ただあなたの夢に登場する夢のなかの人物かもしれないのだ。

104-105頁『タイムマシンの罰』


考えてみれば、結婚式とか新婚旅行なんてものも、社会的な集団暴力かもしれない。

234頁『ベッド・ランプ殺人事件』


応接間というのは、どうして、こう寒々としているのだろう。ながいあいだしめきっていた倉にはいったときのような、人の体温を拒絶するようなよそよそしさ。

291頁『氷の時計』


 そんなことで、二人はケンカ別れし、しかし、なにかでヨリをもどしてコンビニなり、すると、また女をとられて頭にきた11PMが、舞台の上で、「おまえ、今まで、なん人、おれの女をとった?」なんて11AMに文句を言ったり……

 そんな漫才やコントが、客におもしろいわけがないが、そういう芸人は、今では、もうすくないのではないか。いや、芸人そのものがいなくなっている。

345頁『11PM殺人事件』


 ふつうの人ならば、11PMのようではしょうがないが、芸人だと、おもしろがられて出世するかというと、芸人でも、やはり着実な人のほうが出世する。11PMなどは、けっして出世はできない。また、出世できないようだから、みょうなおかしさがあるのだ。

346頁『11PM殺人事件』


コミさんの軽妙なトークぶりが甦る、ミステリ短編が味わえるセレクションです。


1960年代から70年代に執筆された異色過ぎる物語15編が初の文庫化。「ミステリ作家田中小実昌」の軌跡を追った日下三蔵による詳細な解説も収録。


著作者プロフィール

1925年東京生まれ。東京大学文学部哲学科中退。バーテン、香具師などを転々とする。J.H.チェイス、R.チャンドラー、C.ブラウンの名訳で知られる。「浪曲師朝日丸の話」「ミミのこと」で第81回直木賞、『ポロポロ』で第15回谷崎潤一郎賞を受賞。20002月アメリカで客死。

見つめられて

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じっと、上から目線があります。

2025年6月21日 (土)

JCOM、「BS松竹東急」を買収 7月以降は「JCOM BS」へ

今月末で放送を終える予定だった「BS松竹東急」をJCOMが買収することが共同通信などの取材でわかった。

7月以降は無料の新チャンネル「JCOM BS」を放送する予定。


JCOMは、KDDIと住友商事が出資。グループとしてBSで無料の「ショップチャンネル4K」や有料の「J SPORTS」などを既に運営して、これらを連携させて視聴者獲得を図るとみられる。

2025年6月20日 (金)

「味の台湾」焦桐

「二十数年前に美食家だと誤解されて以来、こんな質問をたびたびされた。何が台湾の味なのでしょう?"“台湾の特色をそなえた食べものとは何なのですか?"知っているような気がしつつも、どう答えていいのかは分からなかった。私は台湾の食文化を研究し始め、しばしばフィールドワークにも出かけるようになった。」(「日本語版序」より)


現代詩と料理のレシピを融合させた異色の詩集『完全強壮レシピ』により名を馳せた詩人は、十数年にわたり台湾じゅうを食べ歩き、庶民に親しんだ食べものを味わいつくした。土地や店ごとにさまざまに異なる小吃"の数々から透かし見えるのは、貧しく厳しい日々のなかで生活の平穏無事を祈り勤勉に働いた古い時代の人々の姿であり、ふるさとを思って作った食べもので郷愁を慰めた移民たちの記憶であり、台湾の歴史のなかで起こった文化の混淆と変容の痕跡であった。

台湾の味わいを、時に甘やかに、時にほろ苦く描き出し、台湾飲食文学の聖経と評された『味道福爾摩莎』より60篇を厳選。


著者が「人煙の立つところには必ず肉燥飯がある」という。台湾の人たちは子供の頃から老いるまで、「肉燥飯」を食べている。豚肉の脂身の多いのを醤油で煮込んだもので、脂がたっぷり落ちた煮汁と一緒に白いご飯にかけて食べる。


〈一杯の肉燥飯は、シンプルでありながら、それだけで十分で完全であり、副菜の助けを借りずともその味は完成されたものだ。しかし、肉燥飯を好きな人で、もうちょっと何か、と思わずにいられる人は少ないのではないか。私は肉燥飯を食べるときには、煮込み鍋に入ったアヒルの卵や豚モツ、豆腐を頼まずにはいられないし、ふいに健康のことが頭をよぎったときには、青菜の湯通しを一皿頼んでお茶をにごす。〉


台湾での飲食経験がある人は、読めば「その通り」と膝を叩きたくなるガイド内容。

台湾の基本味が、福建省から渡ってきた閩南人と客家人々が、現地の料理という大きな柱のうえに、中国の各地の出身者からなる外省人がした中国各地の料理〜特に上海系、山東系、湖南系〜などが地域料理の味わいを加えているようだ。

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『味の大和』焦桐(著)、川浩二(訳)
発行:みすず書房 発行日:20211018
価格:3300円(税込み)四六判:392ページ

焦桐 ジアオ・トン

詩人、文学者、編集者。1956年台湾高雄市生まれ。本名葉振富。台湾を代表する現代詩人。

詩とレシピを融合させた詩集『完全強壮レシピ』(台北:時報出版、1999年。邦訳書は池上貞子訳、思潮社、2007年)を発表以来、台湾の食文化に関する研究・執筆を進める。出版社「二魚文化」を立ち上げ、台湾で発表された飲食についての散文を年度ごとに編集・出版。

また国立中央大学中国文学科で教える教授としての顔も持つ。

詩集・散文・研究書も含め著作多数。著書に『味道福爾摩莎』(2015〔『味の台湾』川浩二訳、みすず書房、2021〕)のほか、野菜と果物に関するエッセイ『蔬果歳時記』(2016)、二人の娘との日々を書いた『為小情人做早餐』(2020)など。


時々の政治に翻弄された土地にも連綿と人々の営みはあり、混沌を乗り切り郷愁を慰める食事があった。

高級な美食を追求するのでなく、庶民の生活の現場から長い時間の経過を現代詩人が記した。

五感を総動員する台湾料理の味わいを、言葉で言い表すのは非常に難しいことです。

それを意欲を持って、台湾の現代詩の世界から、表される奇跡の一冊!


(食を知り、台湾を知る:焦桐著、川浩二訳『味の台湾』 | nippon.com

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「居間にいた阿雙は、私が帰ってきたのをみて、微笑んでくれる。美しい笑顔だ。その笑顔は意識的にしているもので、私が自分のお父さんであることを知っているのだ。間違いなく、知っている。私は阿雙の前でしゃがんで、彼女をじっとみる。すると、彼女は笑ってくれる。その笑顔は人の心を酔わせる。静かに私をじっとみてくれる。人を見るとき、その目は清らかで穏やかで、見られるものの魂のなかにそっと深く入ってくる。彼女の姿には神秘的な力があって、人はその力のおかげでがんばろうと思い、自信に満ちる。胸の奥から希望が湧き起こってくるのだ」(『為小情人做早餐』 92-93頁)


阿珊よりも12才も年下の阿雙は、おませで明敏な子に育っていくが、その様子のすべてを父親はいつも目を細めて愛おしく見つめてるのが伝わってくるエッセイ。

姉の阿珊は両親がまだ貧しく仕事に忙しかったときに生まれた子で、母親の実家に預けられて苦労して育ったようで、真面目な人に育っていく。それもまた父親にとってはこのうえなく可愛い娘なのであろう。

作者は2人の娘のことを愛していて、「この姉妹は、こんなにも人の心を動かす力があるのだから、彼女たちの姿は金貨に刻まれるべきだと思う」(16頁)のだった。

2025年6月19日 (木)

テレ朝日ドラマ『看守の流儀』6月21日21時から放送

竹内涼真主演のテレビ朝日ドラマプレミアム『看守の流儀』に、北村一輝、星野真里、小沢真珠、渡辺大、寺島進、内藤剛志、柄本明が出演。

「このミステリーがすごい!」大賞受賞作家・城山真一が、石川・金沢にある加賀刑務所を舞台に描いたヒューマンミステリー小説を初映像化するスペシャルドラマ。


原作:城山真一 「看守の流儀」 

脚本:橋本裕志 

監督:深川栄洋 

音楽:福廣秀一朗


金沢の刑務所を舞台に、さまざまな事情を抱えた受刑者たちと彼らの更正に全力を尽くす刑務官たちの姿をとおして、希望と再生を描く本格刑務所ミステリー。

実直で情熱あふれる若き刑務官と、謎深き上級刑務官の2人。

加賀刑務所に勤務する若き刑務官・宗片秋広と上級刑務官・火石司。宗片は受刑者を信じ、「彼らに生きる希望を与えることが看守の使命」という流儀を貫く、情熱あふれる刑務官。

受刑者ひとりひとりに寄り添い、更生のためにできるだけのことをしようと日々奮闘している。一方、ある特命を帯びて加賀刑務所に赴任してきた火石は冷静沈着で多くを語らず、謎に包まれた人物。過去に何があったのか、端正な顔には、ひと筋の傷が刻まれていて


 情熱の宗片と冷静な火石。太陽と月とでもいうべき2人が、ぶつかりながらも刑務所内で起きたさまざまな事件の真相に迫り、受刑者、看守、そして家族の心をも救っていく。

2025年6月18日 (水)

映画『かたつむりのメモワール』公式サイト|6月27日(金)公開

『かたつむりのメモワール』
製作期間8年!セット数200、小道具7000個、カット数13万5000。
ストップモーション・アニメへの途方もない愛と情熱が生んだ、温かな人生賛歌!

幼い頃から周囲になじめず、孤独を抱えて生きてきた女性グレース。かたつむりを集めて寂しさを埋める日々を送っていたが、個性豊かな人たちとの出会いと絆を通して、少しずつ生きる希望を見出していく……

時にブラックユーモアやビターな現実も織り交ぜながら、波乱万丈な人生の喜びと悲しみを優しく描いた、感動のクレイアニメーション。『メアリー&マックス』のアダム・エリオット監督が8年の製作期間をかけ、CGやAIに頼らず手作業にこだわって、驚異の計13万5千ものカットをひとコマずつ作り上げた15年ぶりの最新作。

『予告編』https://youtu.be/_kdLYU8frAE?si=ydQyoAjgQwsseOwP

映画『かたつむりのメモワール』公式サイト|6月27日(金)公開

https://share.google/i3oM3YqqIeJzkxUc2

スタッフ
監督・脚本:アダム・エリオット
配給:トランスフォーマー

キャスト
グレース・パデル:サラ・スヌーク
ピンキー:ジャッキー・ウィーバー
ギルバート:コディ・スミット=マクフィー
パーシー:ドミニク・ピノン
ジェームズ判事:エリック・バナ
ルース:マグダ・ズバンスキー
ケン:トニー・アームストロング
ビル:ニック・ケイヴ

上映情報
6月27日(金)TOHOシネマズ シャンテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿 ほか全国ロードショー

公式サイトURLhttps://transformer.co.jp/m/katatsumuri/
公式X@katatsumuri_627

©2024 ARENAMEDIA PTY LTD, FILMFEST LIMITED AND SCREEN AUSTRALIA


第97回アカデミー賞(R)長編アニメーション賞ノミネート作品『かたつむりのメモワール』の2025年6月27日(金)公開を記念して、アダム・エリオット監督の長編前作『メアリー&マックス』の待望のリバイバル上映が決定した。

『招かれざる客たちのビュッフェ』クリスチアナ・ブランド(創元推理文庫)深町眞理子 他

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『招かれざる客たちのビュッフェ』クリスチアナ・ブランド(創元推理文庫)深町眞理子 他訳


初野晴氏推薦――「この絶対零度の筆致は憧れです。人には貸さない自分だけの本。」


英国ミステリ界の重鎮ブランド。本書にはその独特の調理法にもとづく16の逸品を収めた。コックリル警部登場の重厚な本格物「婚姻飛翔」、スリルに満ちた謎解きゲームの顛末を描く名作「ジェミニー・クリケット事件」、あまりにもブラックなクリスマス・ストーリー「この家に祝福あれ」など、ミステリの真髄を示す傑作短編集! 

解説=北村薫 ひらいたかこ挿画


*第3位「このミステリーがすごい! 1998年版」過去10年のベスト20/海外編

*第5位「このミステリーがすごい! 1991年版」海外編ベスト10

*第6位『もっとすごい!!このミステリーがすごい!』1988-2008年版ベスト・オブ・ベスト海外編


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収録作品

「クリスチアナ・ブランドの世界」ロバート・E・ブライニー

 *

「事件のあとに」

「血兄弟」

「婚姻飛翔」

「カップの中の毒」

「ジェミニー・クリケット事件」

「スケープゴート」

「もう山査子摘みもおしまい」

「スコットランドの姪」

「ジャケット」

「メリーゴーラウンド」

「目撃」

「バルコニーからの眺め」

「この家に祝福あれ」

「ごくふつうの男」

「囁き」

「神の御業」

 *

「クリスチアナ・ブランド書誌」ロバート・E・ブライニー

著者紹介


クリスチアナ・ブランド 

1907年マラヤ(現在のマレーシアの一部)生まれ。イギリスに帰国後の17歳のとき父が破産。自活のため保母兼家庭教師やモデル、ダンサーなどさまざまな職業を転々とする。1941年、『ハイヒールの死』 で本格的に作家デビュー。以後『緑は危険』『ジェゼベルの死』『はなれわざ』『招かれざる客たちのビュッフェ』など、オールタイムベスト級の傑作を次々と発表し、女流ミステリ作家としての確固たる地歩を築く。また、1972年から73年までCWA(英国推理作家協会)の会長を務めた。1988年没。


【作家評価】

「黄金時代」後に活動した本格ミステリの書き手として高く評価されている。

アントニー・バウチャー「もしあなたが、同業者の中にブランドのライヴァルを探そうとするなら、大御所中の大御所(クリスティー、クイーン、カー)に手を伸ばさねばならないだろう」

山口雅也「謎解きの凄い作家では、永いミステリの歴史の中でも確実に五本の指に入る人だと思っている」

森英俊「カミソリのような鋭い切れ味を持ったパズラー」「プロットの中心をなしているのはきわめて魅力的な容疑者で、彼らが形成する息詰まるようなサークルのなかで疑惑が転々とする」「あるときはさりげなく、あるときは大胆不敵に手がかりや伏線をちりばめていく」「高度なテクニックによって、めくるめくドンデン返しの連続と意外な結末が導き出される」

2025年6月17日 (火)

夢野久作『犬神博士』『超人鬚野博士』のキテレツな面白さ

1931923日~1932126日まで「福岡日日新聞」に連載された『犬神博士』は、夢野久作の「大衆小説の傑作」で、姉妹作『超人鬚野博士』がある。


おカッパ頭の少女のなりをした踊りの名手、大道芸人の美少年チイは、風俗壊乱踊りを踊ってワイセツ罪でつかまるが、超能力ぶりを発揮して当局者をケムにまく。つづいていかさま賭博を見破ったり、右翼玄洋社の壮士と炭坑労働者とのケンカを押さえるなど八面六臂の大活躍。大衆芸能を抑圧しようとする体制の支配に抵抗する民衆のエネルギーを、北九州を舞台に、緻密で躍動的な文体で描き出す夢野文学傑作。

日清戦争前の筑豊・直方地方で起こった撰定坑区の借区競争を、非民同然の大道芸人の子供の視点から描いた。

連載紙「福岡日日新聞」は作者の父・杉山茂丸が不即不離の関係にあった玄洋社の発刊した新聞「九州日報」とは競合関係にあった新聞、かつて「九州日報」の記者をしていた久作が、競合紙に連載した。


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主人公は大神二瓶で「犬神博士」という渾名の由来は、古い犬神の風習から来ている。

或る村で天変地異が引き続いて起る。神隠し、駈落ち、泥棒、人殺しの類が頻々として、在来の神様に伺いを立てた位では間に合わなくなっている。村中の寄り合いで評議して、犬神様を祭る動議が成立する。そこで村役、世話役、肝煎役が立ち上って山の中の荒地を地均して、犬神様の御宮を建てる。牡犬を探し出して毛色は何でも構わないが、牝犬では神様になる前にヒステリーになってしまう。

その牡犬を地均した御宮の前に生き埋めにして、首から上だけを出したまま一週間放ったらかして置くと、腹が減ってキチガイのようになる。汐時を見計らって、その犬の眼の前に、肉だの、魚だの、冷水だのとタマラナイものばかりをベタ一面に並べて見せると犬は、モウキチガイ以上になって、眼も舌も釣り上った神々しい姿をあらわす。その最高潮に達した一刹那を狙って、背後から不意討ちにズバリと首をチョン斬って、かねて用意の素焼きの壺に入れて黒焼きにする。その壺を御神体にして大変な祭り騒ぎをする。

その犬神様に何でもいいから、お犬様のお好きになりそうなものを捧げて、お神籤を上げると、ほかの神様にわからなかった事が何でも解る。

天気予報から作の収穫みいり、漁獲りょうはむろんの事、神隠しが出て来る。駈落ちが捕まる。間男、泥棒、人殺しが皆わかるのだが、成る程考えたね。人間だってそんな眼に会わせたら大抵神様になるだろうが。 

この犬神のような神通力を持っているので、主人公は犬神博士と呼ばれている。

https://www.aozora.gr.jp/index_pages/person96.html

【本文】

何故かと言うとこの「アネサンマチマチ」は巡査が絶対に来ない村でしか遣らない一曲であった。つまりこのアネサンマチマチの一曲までは頗る平凡な振り付けに過ぎないので、普通の女の身ぶりで文句の通りのアテ振りをして、おしまいに蚊を追いながら、お尻をピシャリとたたく処で成る程とうなずかせるというシンキ臭い段取りになっていたのであるが、しかし是はその次に来る「アナタを待ち待ち蚊帳の外」の一曲のエロ気分を最高潮に引っ立てる前提としてのシンキ臭さに外ならなかったのだ。だから、お次の「アナタ待ち待ち」の文句に入ったら最後、ドウニモこうにも胡麻化しの絶対に利かない言語道断のアテ振りを次から次に遣らねばならない。そうしてそのドン詰めの「サチャエエ。コチャエエ」の処でドット笑わせて興業を終る趣向になっているので大方男親の手製の名振付だろうと思うが、タッタこの一句だけの要心のために吾輩が、いつも俥屋の穿くような小さな猿股を穿かされているのを見てもその内容を推して知るべしであろう。恐らく吾輩が好かない踊りの中でも、これ位不愉快を感ずる一曲はなかったのである。

 しかし吾輩が如何に芸術的良心を高潮させてみた処が、一円銀貨の権威ばかりはドウする事も出来なかった。今更に最初の約束が違うと言っても追付く沙汰ではなくなっていたので、泣く泣く男親の歌に合わせて「アネサンマチマチ」を踊ってしまって、ビクビクもので茣蓙の上にペッタリと横坐りしながら「アナタを待ち待ち」に取りかかっていると、まだ蚊に喰われないうちに、果せる哉、群集のうしろで、

「コラッ」

 という厳めしい声が聞こえた。同時にガチャガチャと言うサアベルの音が聞こえたので、吾輩はすぐに踊りを止めて立ち上った。群集と一緒に声のする方向を振り返った。

(夢野久作『犬神博士』より)

2025年6月16日 (月)

映像の世紀バタフライエフェクト選 香港百年のカオス 借り物の場所借り物の時間[解][字]

6月16日(月)  22:00〜22:45 放送時間 45分NHK東京 総合

香港・韓国・台湾と3週連続で、日本の隣人の激動の歴史を取り上げる。今週は去年放送の「香港」をアンコール。小さな漁村から600万の国際都市へ成長した百年の記録。

高層ビルをかすめるように降下する飛行機、魔窟と呼ばれた巨大スラム、数千の水上生活者の船。中国本土で戦乱や危機が起こる度、無数の人々が逃げ込み、香港のカオスを作り上げた。イギリスによる植民地統治のルールは「自由」。しかしそれは、いつか中国に返還される「期限付きの自由」だった。ある作家は「借り物の場所、借り物の時間」と呼んだ。巨大国家・中国の存在におびえながら、束の間の自由を追い続けた人々の記録。

【語り】伊東敏恵

冷凍宅食弁当🍱

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訳あって、食糧の買い出しができなくなる。

2025年6月14日 (土)

竹内まりや - 歌を贈ろう (Official Music Video)生田絵梨花がコーラス・ピアノ参加

ABCテレビ・テレビ朝日系ドラマ「素晴らしき哉、先生!」主題歌

主演・生田絵梨花がコーラス参加


Video Credit

DirectorWataru Takeishi

Director of PhotographyToshiyuki Oshima

CameramanShohei Nomura

1st Camera AssistantHajime Imaruoka

2nd Camera AssistantTakahiro Hakariya

Lighting DirectorYusuke Shimada

Lighting ChiefShinji Kawasaki

Lighting AssistantJunpei Kurimoto, Hiroki Ikeyama, Shinpei Kawasaki, Yuki Kobayashi

Art DirectorNaomi Iwase

Art StaffAya Murozono, Kokoha Chiba, Miho Katagiri 

StylistNobuko Saito

Hair StylistMiho Matsuura (TWIGGY)

Make-Up ArtistCOCO (関川事務所)

Stylist (生田絵梨花)Risa Kutsuzawa

Hair & Make-Up Artist (生田絵梨花)Tomoko Tominaga

ColoristSaki Yokota (IMAGICA Lab.)

Online EditorRyosuke Ichikawa (MARUNI STUDIO)

MA MixerTomoaki Yokota (MARUNI STUDIO)

Production ManagerYukari Itabashi (FAB)

Production StaffMasato Kudo (FAB), Tamaki Ide (FAB), Nanami Sato (FAB), Yuko Gomi (FAB)

ProducerHazuki Hasegawa (FAB)


Song Credit

Words & Music by 竹内まりや

Arranged by 山下達郎

Background Vocals:生田絵梨花


【動画】

https://youtu.be/yWSJkI5GwIg?si=h9WmuNrw36IBGvNt


ドラマのために書き下ろされた新曲「歌を贈ろう」は、ミディアムテンポのバラードソング。

生田絵梨花が演じる主人公のように、悩み傷つきながらも今日を生きる人たちへの温かなメッセージが綴られた心に優しく沁みる応援歌。

楽曲の後半では、生田絵梨花がコーラスとして参加して、竹内まりやと生田絵梨花によるハーモニーが美しい、ドラマ主題歌ならではのスペシャルな一曲の誕生となった。


ドラマ『素晴らしき哉、先生!』ダイジェスト

https://youtu.be/82Ijbo9LyTc?si=C4-kkWj2yZ1rEQCW

「ETV2002 83歳のアンパンマン~やなせたかしの真剣勝負~」今夜再放送

20024月に放送された「ETV2002 83歳のアンパンマン~やなせたかしの真剣勝負~」が、61422時からNHK Eテレの「おとなのEテレタイムマシン」でオンエアされる。


Eテレの膨大なアーカイブから選りすぐりの番組をリマスターして届ける「おとなのEテレタイムマシン」。「ETV2002 83歳のアンパンマン~やなせたかしの真剣勝負~」では83歳ながら毎月6本のマンガを連載し、さらには絵本制作、雑誌の編集、TVアニメ監修などををこなす、やなせたかしの楽しくもハードな日々が映し出される。

再放送は6161310分から。

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NHK BS特集ドラマ「天城越え」6月14日放送

作家松本清張の不朽の名作。

昭和31年。静岡県で印刷業を営む望月次郎は、定年間近の田島刑事から「刑事捜査資料」の印刷を頼まれる。その犯罪事例の中には、時効を過ぎた土木作業員殺害事件の記述があった。

事件には「修善寺の遊女」大塚ハナと、天城トンネル付近で目撃された14歳の少年が関わっていた。

資料を読み、望月の封印していた記憶がよみがえる。「少年」は31年前の自分だった。そして大塚ハナは、初恋の女性である。

はだしのまま手に手をとって天城峠を越えた、数時間の恋。ハナの笑顔、美しい歌声、手のぬくもり――夢のような時間のあと、自分と別れたハナは土木作業員を殺して、逮捕されたのだった。

警察署での田島の強引な取り調べに、殺害を自供したのはハナであった。だが不自然な自供ではあった。まるで誰かをかばっているかのような…… 

そして事件から31年後の今、田島刑事はなぜ望月を訪ねて来たのか?

なぜかくも執念を持って望月を追い詰めるのか?

やがて、事件の真相は明かされ、望月は、ハナと運命の再会を果たす。


【出演】主人公・ハナに挑む生田絵梨花に加えて、岸谷五朗、萩原聖人、若村麻由美、奥野瑛太、岡田結実、末次寿樹、杏子、篠原ゆき子ら、実力派俳優が集結。


【原作】松本清張 『黒い画集』より

【脚本】羽原大介

【音楽】fox capture plan

【演出】金澤友也

【制作統括】黒沢淳(テレパック) 訓覇圭(NHKエンタープライズ) 本木一博(NHK

【プロデューサー】藤尾隆(テレパック)


【番組情報】特集ドラマ「天城越え」

NHK BS 614日 午後9001029

2025年6月13日 (金)

『魔物』最終回 地上波らしからぬ衝撃ラスト「鳥肌やばい」テレビ朝日放送

 麻生久美子と塩野瑛久が共演する、日韓共同制作の完全オリジナルドラマ『魔物』(毎週金曜 後1115)が13日に最終回を迎える。

 あやめ(麻生)と凍也(塩野)の壮絶な最終決戦が描かれた、最終話となった。

「謝れ!お前のせいだ」と襲い来る凍也に対し、あやめは「あなたは誰も愛したことなんてない。

なのに、私はあなたを愛してた!」とこれまでの思いを叫びながらなんとか抵抗する。

殴る、蹴る、喉元に刃物を突き付ける地上波らしからぬ血まみれ&バイオレンス&絶叫のシーンが繰り広げられた。


手に汗握るアクションシーンの末に、凍也を警察にと電話をかけたその時。手足の自由を奪われた凍也に手をかけたのは、従順すぎる妻・夏音(北香那)だった。

最後の最後まで「彼を裏切れない」とあやめに刃物を向けていた夏音、ドメッステツクな韓流展開となる。地上波の明るい時間帯では放送が似合わない番組。


長らく夫の支配にあった夏音は最初、凍也を助けようとしたが、最後に凍也に「帰ろう、2人だけの場所へ」と手を差し伸べられたその時、その手をとるかのように笑顔を向けた刹那、凍也を絞殺した。


ラストシーンでは、裁判から数年後のあやめの姿も描かれる。女性を支援するNPO法人を立ち上げて代表として忙しく働く一方、陽子は自らの半生を赤裸々に描いた暴露本を出し、ベストセラー作家になる。そして罪を償った夏音もまた大人の女性へと成長を遂げていた。


「本当に11つの演技、表情がエグい」「えぐいえぐい演技力が」「もうみんな血まみれこっちが混乱してます」「衝撃的すぎる展開」「息ができない」「えええええ!!!???」「壮絶」「鳥肌やばい」などの視聴者たちの反応。


2025418日から613日までテレビ朝日系で、全8話が放送された。

ドラマ内容から全12回くらいにも感じられる展開であった。

これは韓国での放送は受けたに違いない。日本人も日本景色も好きに違いないからだ。しかし『魔物』は家族団欒で、鑑賞できるような番組ではない。

キレの良い演出と丹念に演じられた作品ではあったが、正直残念な想いが残された。

韓流風な過剰なバイオレンスが、嗜好にない筆者は「家なき子」や「ガラスの仮面」などの人間描写がとても苦手である。

「天城越え」松本清張の短編小説。

195911月『サンデー毎日』特別号に、「天城こえ」のタイトルで掲載。195912月に、単行本『黒い画集2』収録され光文社刊行。

【あらすじ】

三十数年前に16歳の私は、天城をはじめて越えた。私の家は下田の鍛冶屋であったが、なんとかして他の土地に出ていきたいと思っていた。静岡にいる兄が羨ましくてならず、6月の終わりに、希望を決行する。

天城のトンネルを通り抜けると、別な景色が広がっていた。そこに「他国」を感じる。

湯ヶ島まで来ると夕方近くなっていた。

大男が歩いており、すぐに他所者だと分かった。

「あれは、土工だね。ああいうのは流れ者だから、気をつけなければいけない」

呉服屋からそう言われた。

静岡に行く元気がなくなった私は、下田に引き返すことにする。

そのとき、修善寺の方角からひとりの女が歩いてくるのが目についた。その女が過ぎてから足の向きを変え、わたしはあとを歩いた。「そいじゃ、ちょうどいいわ。下田までいっしょに行きましょうね」

私は自分でも顔のあかくなるのを覚えた。

しばらく行くと、前方にあの土工の姿がある。女は、ゆっくり峠の坂をあがっていく土工の後ろ姿を凝視した。

「あの人はなんだろう?」

聞かれて私は「流れもんの土工ずら」と言った。

万一、土工が女に悪いことをしそうだったら、私は女を防ぐつもりだった。ところが、女は、私に向かって「兄さん、悪いけれど、あんた、先に行って頂戴」と言う。

私はうなづいたけれど、急に、がっかりした。女があとから追いついてくるという言葉に期待をかけて、ゆっくりと歩いたが女は来なかった。

それから三十数年経った。

静岡県西部の中都市で、印刷業を営んでいる。最近に静岡県警察本部のある課から「刑事捜査参考資料」という本の印刷を頼まれた。製本した本を何気なく読むと、静岡県内の犯罪例の中に、三十数年前、私が天城越えのときに遭遇した土工と、女のことが書いてあった。そして私自身も登場していた。私は「天城山の土工殺し事件」と題するこの文章を読んで、三十数年の昔を回想せずにいられなかった。

それから五日目に、その本の印刷を注文した警察本部の人が来た。田島という老人で、いまは刑事部の嘱託になっていた。

「どうですか、あなたも、これを読みましたか?」

「実は、それは私も捜査に参加した事件でしてね。この原稿を書いたのも私ですよ」

「実は、これは私の失敗談のようなものです」「なにしろ、私たちははじめからあの女がホシだと思いこんでいましたから」

「事件の解決は別なところにある」

そして事件の真相に迫ろうとしていた。

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2025年6月12日 (木)

[字]BSフジサスペンス傑作選>浅見光彦シリーズ43 還らざる道

613()  12:0014:00BSフジ・181

 

番組概要

浅見光彦(中村俊介)が愛知県豊田市足助町の茶屋で出会った老人が遺体で発見される。浅見は老人の孫娘の正恵(浅見れいな)と瀬戸会長(宝田明)の死の真相を探る。

 

番組内容

浅見光彦は「旅と歴史」の取材で愛知県豊田市足助町を訪れた時に、茶屋で老人と出会い、雑談をする。

翌日、浅見はテレビのニュースで、昨日会った老人が岐阜県恵那市串原の奥矢作湖で絞殺死体で発見されたことを知る。

総合インテリアメーカー「白陽インテリア」の代表取締役会長の瀬戸一弘(宝田明)だった。

浅見は孫娘の雨宮正恵(浅見れいな)と共に瀬戸会長の死の真相を探る。


正恵の愛する祖父の死には、50年前のある出来事が関わっていた


【出演者】

中村俊介

浅見れいな

宝田明

赤塚真人

早川純一

堀内正美

榎木孝明

野際陽子

ほか


原作:内田康夫『還らざる道』

企画:成河広明、加藤達也

プロデューサー:小林俊一(彩の会)、大下晴義(彩の会)、金丸哲也(東映)

脚本:峯尾基三

音楽:渡辺俊幸

演出:林憲昭(彩の会)

音楽:渡辺俊幸

制作:フジテレビ、彩の会

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内田康夫『還らざる道』

奥矢作湖で死体となって発見されたインテリア会社会長の瀬戸一弘は死の直前、「帰るまいと決めていたが...」という謎の言葉を残していた。

祖父の死の真相を探る旅に出た孫娘の正恵は、旅先で浅見光彦と出会う。

三州、木曾、さらに岡山へと足を延ばした浅見の前に、やがて悲劇と陰謀の歴史が亡霊のごとく蘇る。自作解説つき。

2025年6月10日 (火)

綾辻行人原作「時計館の殺人」ドラマ化

『十角館の殺人』に続いてて綾辻行人氏の原作小説を、実写映像化する「館」シリーズ第2弾が、「時計館の殺人」に決定。

奥智哉と青木崇高が続投して、20262月にHuluから独占配信される。


 物語の舞台は89年、鎌倉の外れに建つ謎の館・時計館。3年前の角島・十角館の惨劇を知る江南孝明は大学院を修了後、稀譚社(きたんしゃ)のオカルト雑誌「CHAOS(ケイオス)」の新米編集者として働くなかで、ある企画の取材班として、中村青司が設計した時計館を訪れる。同誌の副編集長やカメラマン、W大学の超常現象研究会のメンバーたちとともに、その館に棲むという少女の亡霊と接触する交霊会に参加した夜、霊能者がこつ然と姿を消す。やがて逃げ場のない閉ざされた館のなかで、江南たちは恐るべき連続殺人劇へと巻き込まれていく。

 一方、江南とともに十角館の惨劇の謎を追った仲である島田潔は、あれから3年が経ち、推理作家・鹿谷門実としてデビューしていた。江南が時計館へ取材に行くという話を聞き、自らも時計館を訪れた鹿谷は、館の主人が遺した「沈黙の女神」の詩の謎を追うことになる。


前作『十角館の殺人』で魅力的なキャラクター描写に絶賛の声が上がった2人が、今作でも続投。2024年、Huluオリジナル『十角館の殺人』でドラマ初主演を務めた奥智哉は、今作でふたたび江南孝明を演じる。そして青木崇高が、島田潔あらため推理作家・鹿谷門実を演じる。

今作で脚本を務めるのは、戸田山雅司。『奇妙な出来事』脚本デビュー。「相棒」や「科捜研の女」シリーズ、「世にも奇妙な物語」など数々のミステリードラマの脚本を手掛ける巨匠で、綾辻行人と作家・有栖川有栖が共同で原作を考案した本格ミステリードラマ「安楽椅子探偵」シリーズでは、8作品すべての脚本を担当。第1〜第7作目で監督を務めた内片輝と再びタッグを組んで実写映像化に挑む。


原作綾辻行人「十角館の殺人」【史上最高のミステリー&スリラー本】オールタイム・ベスト100選出!全世界シリーズ累計750万部突破の大ベストセラーはこの館からはじまった。 

日本テレビ

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館シリーズ

十角館の殺人

講談社ノベルス:19879

講談社文庫:19919

水車館の殺人

講談社ノベルス:19882

講談社文庫:19923

迷路館の殺人

講談社ノベルス:19889

講談社文庫:19929

人形館の殺人

講談社ノベルス:19894

講談社文庫:19935

時計館の殺人

講談社ノベルス:19919

講談社文庫:19956

黒猫館の殺人

講談社ノベルス:19924

講談社文庫:19966

暗黒館の殺人

講談社ノベルス:20049月、 

講談社文庫:200710

びっくり館の殺人

ミステリーランド:20063

講談社ノベルス:200811

講談社文庫:20108

奇面館の殺人

講談社ノベルス:20121

講談社文庫:20154

双子館の殺人

『メフィスト 2023 SUMMER VOL.820237 - 連載中

2025年6月 8日 (日)

日曜美術館 『私と鳥獣戯画』手塚治虫」再放送

19821121日に放送された「日曜美術館 『私と鳥獣戯画』手塚治虫」が、NHK Eテレの「おとなのEテレタイムマシン」でオンエアされる。


Eテレの膨大なアーカイブから選りすぐりの番組を4Kリマスターで届ける「おとなのEテレタイムマシン」。1976年に放送がスタートし、今なお続く「日曜美術館」は、さまざまな美術を扱う教養番組だ。「鳥獣戯画」は平安時代後期から鎌倉時代にかけて描かれたという絵巻物で、全4巻の内の甲巻では動物たちの擬人化された姿が収められている。現在のマンガに通じる技法が用いられており、番組では手塚治虫が「鳥獣戯画」を初めて観たときに衝撃を受けたというエピソードが話される。なお番組は691310分からの放送も予定されている。


「おとなのEテレタイムマシン選 日曜美術館 『私と鳥獣戯画』手塚治虫」


放送日時:202567日(土)22:0022:50

再放送:202569日(月)13:1014:00

放送局:NHK Eテレ

2025年6月 7日 (土)

みんな あなたが好きだった プレーバック 長嶋茂雄の世紀【放送予定】6月7日(土) [総合] 午前10:05~11:34

NHKでは、プロ野球で輝かしい実績を残し「ミスタープロ野球」の愛称で親しまれ、6月3日に逝去された長嶋茂雄さんをしのんで、追悼番組を放送される。

みんな あなたが好きだった プレーバック 長嶋茂雄の世紀【放送予定】6月7日(土) [総合] 午前10:05~11:34

初回放送:2024年12月21日

【出演】長嶋茂雄、王 貞治、松井秀喜、さだまさし、徳光和夫、絹谷幸二、テリー伊藤、篠塚和典、定岡正二、小林信也、伊藤銀次、萩原健太、横山忠夫、毒蝮三太夫、赤木孝男、廣瀬智美(NHKアナウンサー) 

【朗読】柄本 佑 

【声の出演】大滝詠一(1993年・ラジオ放送)

「ミスタープロ野球」と呼ばれ、世代を超えて愛された長嶋茂雄。スーパーヒーローが引退してから50年が経つ。引退試合を起点に日本人と長嶋茂雄の感動の物語を描く。

戦後日本の国民的スター、長嶋茂雄が引退してから50年。終戦で日本が焼け野原から復興を果たし、国民が未来に向かって生きていたとき、長嶋の躍動感あふれるプレーに多くの日本人が励まされ、野球選手を超えたヒーロー、象徴的な存在となる。

番組では引退試合を起点に松井秀喜など長嶋に特別な思い出をもつ人々を取材し、引退がその後の人生にどのような影響を及ぼしたのか。ヒーローの魅力と日本人の「長嶋茂雄の世紀」を描く。

※6月14日(土)「アナザーストーリーズ 運命の分岐点 引退 ~長嶋茂雄のラストシーズン~」放送予定。

●関連記事●「一茂さんにず~っと気になって聞けなかったことがあるんです」…「モーニングショー」玉川徹氏、生放送で父・茂雄さんを亡くした長嶋一茂へ質問" - 

https://l.smartnews.com/m-lAzn6aA/JQlKhr

2025年6月 5日 (木)

午後LIVE ニュースーン 山寺宏一さんインタビュー[字]

66()  16:1117:00 NHK東京 総合 

番組内容

4時台は朝ドラ「あんぱん」に出演の山寺宏一さんのインタビューをお送りします。生前のやなせたかしさんとも交流があった山寺さんが、やなせさんへの思いを語ります。

またドラマに登場する「図案科の歌」の摩訶不思議な歌詞の裏話も披露してくれました。その他、最新の経済情報もお伝えします。「台本のない中継」の現場は愛知県のある街からの中継です。


【キャスター】池田伸子,伊藤海彦,志賀隼哉,瀬戸光,斎藤希実子,藪内潤也,【お天気キャスター】久保井朝美,【出演】山寺宏一


●関連記事● "山寺宏一、NHK朝ドラ「あんぱん」初登場シーンの舞台裏「僕のアドリブじゃない。台本になかったのに…」" 

https://l.smartnews.com/m-lBFhAKQ/FzZTXd

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2025年6月 4日 (水)

タルホスコープ

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稲垣足穂の復興シリーズ。

稲垣足穂 現代思潮社 昭49 

「ヰタ・マキニカリス」「桃色のハンカチ」「「彼等-they-」「弥勒(みろく)」

2025年6月 3日 (火)

逆鱗に触れる

竜の胸に一枚だけあるとされた鱗。

竜は皇帝を象徴して、皇帝の怒りに触れて、転じて目上の人や上司を激怒させるのをいう。

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逆鱗に触れた燐寸。

逆鱗燐寸に触れてみる。

2025年6月 2日 (月)

冷凍弁当シリーズ

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2025年6月 1日 (日)

『ゲゲゲの鬼太郎』6月放送の物語発表 佐野史郎・戸田恵子・京極夏彦・Ado・野沢雅子が選出

61日に放送の第9回には、初登場となる佐野史郎がセレクトした第14話「吸血鬼ラ・セーヌ」。

パリで13人の美女を襲った吸血鬼ラ・セーヌだが、鬼太郎を殺害するために日本にやってきた。その思惑通り、鬼太郎はラ・セーヌの手によって殺害されてしまう。鬼太郎の運命やいかに


続く第10回の68日には、第38話「だるま妖怪相談所」が放送。

このエピソードをセレクトしたのは、第3期で鬼太郎の声を務めた戸田恵子。

初登場の回には自身が演じた思い入れの深い期から厳選している。不吉な数字である『4』階に妖怪相談所を作ってしまうだるまだが、次々訪れる妖怪を怖がって住人たちは引越しをしてしまう。この事件を知った鬼太郎たちが駆けつけるも、なぜかだるまのいる4階に辿り着くことができないのだった


615日の第11回には、初登場となる京極夏彦が選出。第43話「ギターの戦慄!夜叉」の放送。

魂を抜かれてしまったねずみ男は死んでしまうが、同じ頃、魂を抜かれた子どもたちが次々と病院へ担ぎこまれていた。夜叉が原因だと知った鬼太郎たちは夜叉を追い詰めるものの、そのギターの音色によって眠らされてしまう。

12回となる622日放送には、Adoセレクトによる第595話「妖怪スイーツ!バレンタイン作戦」。

バレンタインが近づき、鬼太郎に手作りチョコを渡すため、ねこ娘は気合いが入っていた。一方、伝説の強豪妖怪パンサーの協力の下、西洋妖怪の魔女ザンビアも魔女の秘術百年鍋を作っていた。乙女の恋心を集めるために、少女たちを催眠状態にし、飴玉に変えてしまうのだ。ねこ娘も飴玉に変えられてしまったのだが、無事鬼太郎にチョコレートを渡すことができるのだろうか。


6月最終週となる629日の第13回では、第21話「妖怪復活」が放送。1期・2期で初代鬼太郎を演じた野沢雅子が選出。

消息不明になっていた鬼太郎と目玉おやじを探していたねずみ男は、漁村で生活を送る鬼太郎を発見。そんな時、泥田坊の仕業によって船が泥まみれになって横転する事件が起こる。泥田坊は土地開発によって人間に住む場所を奪われたことへの怒りが爆発してしまったのだった。


【放送予定】テレビアニメ『ゲゲゲの鬼太郎 私の愛した歴代ゲゲゲ』(フジテレビ 毎週日曜 午前9時~)

61日・第14話「吸血鬼ラ・セーヌ」

68日・第38話「だるま妖怪相談所」

615日・第43話「ギターの戦慄!夜叉」

622日・第595話「妖怪スイーツ!バレンタイン作戦」

629日・第21話「妖怪復活」

土曜プレミアム『世にも奇妙な物語35周年SP~伝説の名作 一夜限りの復活編~』は、フジテレビ系にて5月31日21時放送。

 今夜53121時よりフジテレビ系にて、土曜プレミアム『世にも奇妙な物語35周年SP~伝説の名作一夜限りの復活編~』が放送。今回はファンの中でも人気の高い過去作から、タモリ演じるストーリーテラーが選んだ珠玉の5本の名作を届ける。


先週『35周年SP』で放送されるエピソードのラインナップが発表されると、SNS上では歓喜の声であふれた。

そんな伝説のエピソードを彩ってきたキャスト・脚本家・原作者・監督らから、35周年の節目を祝う熱いコメント。

『奇妙』の黎明期に執筆した、『続・続・最後から二番目の恋』脚本家・岡田惠和、2012年に「奇妙」初の原作・脚本・出演の3役担当で脚本家デビューを果たしたバカリズム、『孤独のグルメ』の原作者であり、『夜汽車の男』原作「夜行」の著者・久住昌之、さらには、令和の「奇妙」ホラーの代表格『恋の記憶、止まらないで』主演の斉藤由貴ら、番組とゆかりのある豪華な面々がコメントを寄せた。


 岡田惠和は「これからもいつまでもドラマが続きますように祈っております。世界はいつだって奇妙ですから」とコメント。


 バカリズムは「『世にも奇妙な物語』は、僕の脚本活動の原点です。もしあの時お声がけいただかなかったら、きっとその後も脚本を書くことはなかったと思います。これからも変わらず奇妙な物語を作り続け、40周年の際にもまたコメントさせていただけると嬉しいです」という。


 久住昌之は「『夜汽車の男』はボクのデビュー作のドラマ化です。ここには『孤独のグルメ』の原点があると思います。どうぞよろしく」とメッセージ。


 斉藤由貴は「怖い役の方々が皆さんものすごく温和で優しくて朗らかだったので、『これがホラー撮影の内幕か!』と感動した覚えがあります(笑)。なので、撮影は怖いというよりとても面白かったです」と当時の撮影を振り返った。


 土曜プレミアム『世にも奇妙な物語35周年SP~伝説の名作 一夜限りの復活編~』は、フジテレビ系にて53121時放送。


 著名人のコメント全文は以下の通り。

<コメント全文>https://share.google/ZwRwuDfb5avYhkhCT

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