『幻の女・田中小実昌ミステリ短編傑作集』ちくま文庫
近年はなかなか読むことが出来なかった“幻”のミステリ作品群が編者の詳細な解説とともに甦る。夜の街の片隅で起こる世にも奇妙な出来事たち。
狂った男が異様なテンションで昔馴染みの女性について独白する「幻の女」、天国とこの世を行き来して自分を殺した犯人を探す「たたけよさらば」他、予測不能の結末、設定や形式、登場人物までが奇妙かつ巧妙に組み上げられた作品群。1960年代から70年代に執筆された “異色”過ぎる物語15編が初の文庫化。
【本書より】
また、このひとのデタラメにひっかかったんじゃない?
このひと、わりと筋のとおったはなしをするときは、かならずデタラメなの。
77頁『幻の女』
たとえば、夢の世界は、夢をみているひとにとっては、全宇宙、全世界だが、たとえ、いっしょに寝ている恋人や女房にとっても、まるで関係のない、その人ひとりの空間と時間をもつ世界なのだ。
そして、こうしてわれわれがおくっている毎日が、眠っているときにみる夢とはべつの、とほうもなく長い夢ではない、と言いきれる者がはたしてあるだろうか? あなたの上役も、あなたの妻子も、ただあなたの夢に登場する夢のなかの人物かもしれないのだ。
104-105頁『タイムマシンの罰』
考えてみれば、結婚式とか新婚旅行なんてものも、社会的な集団暴力かもしれない。
234頁『ベッド・ランプ殺人事件』
応接間というのは、どうして、こう寒々としているのだろう。ながいあいだしめきっていた倉にはいったときのような、人の体温を拒絶するようなよそよそしさ。
291頁『氷の時計』
そんなことで、二人はケンカ別れし、しかし、なにかでヨリをもどしてコンビニなり、すると、また女をとられて頭にきた11PMが、舞台の上で、「おまえ、今まで、なん人、おれの女をとった?」なんて11AMに文句を言ったり……。
そんな漫才やコントが、客におもしろいわけがないが、そういう芸人は、今では、もうすくないのではないか。いや、芸人そのものがいなくなっている。
345頁『11PM殺人事件』
ふつうの人ならば、11PMのようではしょうがないが、芸人だと、おもしろがられて出世するかというと、芸人でも、やはり着実な人のほうが出世する。11PMなどは、けっして出世はできない。また、出世できないようだから、みょうなおかしさがあるのだ。
346頁『11PM殺人事件』
コミさんの軽妙なトークぶりが甦る、ミステリ短編が味わえるセレクションです。
1960年代から70年代に執筆された“異色”過ぎる物語15編が初の文庫化。「ミステリ作家田中小実昌」の軌跡を追った日下三蔵による詳細な解説も収録。
著作者プロフィール
1925年東京生まれ。東京大学文学部哲学科中退。バーテン、香具師などを転々とする。J.H.チェイス、R.チャンドラー、C.ブラウンの名訳で知られる。「浪曲師朝日丸の話」「ミミのこと」で第81回直木賞、『ポロポロ』で第15回谷崎潤一郎賞を受賞。2000年2月アメリカで客死。
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