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2025年6月25日 (水)

『舟を編む』三浦しをん(光文社文庫)

女性ファッション雑誌『CLASSY.』に200911月号から20117月号にかけて連載され、2011916日に光文社より単行本が発売。雑誌連載時の挿絵や単行本の装画、文庫のカバー装画は、雲田はるこが担当。2012年、本屋大賞を受賞。

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【あらすじ】

玄武書房では中型国語辞典『大渡海』の刊行計画を進めていた。定年を間近に控えて後継者を探していた辞書編集部のベテラン編集者・荒木に引き抜かれて、営業部員の馬締光也は辞書編集部に異動する。

社内で「金食い虫」と呼ばれる辞書編集部であったが、馬締は言葉への強い執着心と

律儀さで活動する。

下宿先のアパートを本で埋め尽くし、大学院で言語学を専攻するほど「言葉」に興味を抱いていた。言葉に対する鋭い感覚を持ち、整然とした美を愛する辞書づくりには相応しい才能を持っているのだった。

「みっちゃんは、職場のひとと仲良くなりたいんだね。仲良くなって、いい辞書を作りたいんだ」

タケおばあさんに言われ、馬締は驚いて顔を上げた。伝えたい。つながりたい。

自分の内心に渦巻く感情は、まさしくそういうことだと思い当たったからだ。

p.35

はじめは辞書編集部になじめずに悩んでいたが、言葉を使って「伝えたい」「つながりたい」という感情があるのを自覚する。


辞書編集部にいる西岡正志は、馬締とは対照的で、お調子者の社員だった。辞書には思い入れはなかったけど、辞書の編纂作業に打ち込み尽くしてきた。しかし馬締という辞書づくりの才能を持った人間が異動してきたことで、「自分はお払い箱になる」という予感を感じ始めた。

そして、ついに西岡に、広告宣伝部への異動が言い渡される。西岡は辞書編集部を去る前に、馬締が苦手とする対外交渉に励むようになる。どの部署へ行っても同僚として「大渡海」を全力で支えることを決意した。


大切なのは、いい辞書ができあがることだ。すべてをかけて辞書を作ろうとするひとたちを、会社の同僚として、渾身の力でサポートできるかどうかだ。(p.140

 

この物語には、辞書編纂に人生をかける人々が、それぞれが情熱を持って仕事に邁進する姿が描かれる。

常に用例採集カードを持ち歩き、語釈に頭を悩ませ、辞書を印刷する紙にもこだわりぬく。そんな彼らの仕事ぶりに、辞書というものの奥深さに気付かされる。


荒木が退職してから西岡まで宣伝広報部へ異動してしまい、それから何年経っても人員の穴埋めがない状態が続きます。

実質社員は馬締オンリー。これは会社が『大渡海』のことなどどうでもいいと思っている証拠です。しかし、粘り強い馬締は我が道を歩み続け、ようやく岸辺みどりという、女性向けファッション誌「ノーザン・ブラック」編集部から異動して来た若手社員を確保します。


岸辺みどりが【愛】の意味を『異性を慕う』ではなく、『他者を慕う』にするべきでは?と意見した際の言葉です。

 

「大渡海は、新しい時代の辞書なんじゃないんですか。多数派にもおもねり、旧弊な思考や感覚にもとらわれたままで、日々移ろっていく言葉を、移ろいながらも揺らがぬ言葉の根本の意味を、本当に解釈することができるんですか」P199

 

辞書は商品だ。のめりこんで作るのも大切だが、どこかで折りあいをつけねばならない。会社の意向、発売時期、ページ数、価格。大勢の執筆陣といったものと。どれだけ完璧を期しても、言葉は生き物のように流動する。辞書は真実の意味での「完成」を迎えることがない書物だ。思い入れすぎては、「ここまでにして、世に問おう」と踏ん切れなくなる。P104


学者肌揃いのメンバーの中で、西岡や岸辺の存在は、普段の心地悪さを抱えながら、唯一商売目線で辞書づくりを誘導できる。馬締が苦手とする交渉や宣伝やってくれるため、辞書編集部に必要不可欠なメンバーとなる。


【映画予告編】

https://youtu.be/0kwCc-1o1lc?si=b0ROfX1Qn-PU6FDu


どれだけ言葉を集めても、解釈し定義づけをしても、辞書に本当の意味での完成はない。一冊の辞書にまとめることができたと思った瞬間に、再び言葉は捕獲できない蠢きとなって、すり抜け、形を変えていってしまう。辞書づくりに携わったものたちの苦労と情熱を軽やかに笑い飛ばし、もう一度ちゃんとつかまえてごらんと挑発するように。馬締にできるのはただ、言葉の終わりなき運動、膨大な熱量の、一瞬のありさまをより正確にすくいとり、文字で記すことだけだ。P71 


たくさんの言葉を、可能なかぎり正確に集めることは、歪みの少ない鏡を手に入れることだ。歪みが少なければ少ないほど、そこに心を映して相手に差しだしたとき、気持ちや考えが深くはっきりと伝わる。一緒に鏡を覗きこんで、笑ったり泣いたり怒ったりできる。


「私は十代から板前修業の道に入りましたが、馬締と会ってようやく、言葉の重要性に気づきました。馬締が言うには、記憶とは言葉なのだそうです。香りや味や音をきっかけに、古い記憶が呼び起こされることがありますが、それはすなわち、曖昧なまま眠っていたものを言語化するということです」


「言葉は、言葉を生み出す心は、権威や権力とはまたく無縁な、自由なものなのです。また、そうであらねばならない。自由な航海をするすべてのひとのために編まれた舟」


「穴の開いた舟ではいけない」

「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」
「ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう」
「海を渡るにふさわしい舟を編む」


なんとか『大渡海』のベースを作り上げて松本先生のもとへ駆けつける。辞書には終わりはない。『大渡海』は無事に予定通り刊行されるが、その後すぐに改訂作業へと入る。


三浦しをん 1976年、東京生まれ。2000年、『格闘する者に』でデビュー。以後、『月魚』『秘密の花園』『私が語りはじめた彼は』『むかしのはなし』など、小 説を次々に発表。2006年、『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞受賞。

小説『風が強く吹いている』『仏果を得ず』『光』『神去なあなあ日常』な ど、エッセイ『あやつられ文楽鑑賞』『悶絶スパイラル』『ビロウな話で恐縮です日記』などがある。

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