「美について」サマセット・モーム:続き
これまで私は美的感受性のすぐれた人と付き合う機会が多くあった。といっても創作者のことを言っているわけではない。私か考えるに、芸術の作り手と受け取り手とではかなり大きな違いがある。創作者は、内なる自己を表現したくて堪らぬという衝動に突mき動かされて作品を作るのである。作ったものに美があっても、それは偶然だ。美が特別の目的であることはめったにない。彼らの目的は重荷となっているものを魂から解放することであり、その手段として、生来の才能次第で、ペン、絵の具、粘土などを使う。
私か言うのは、美を眺め鑑賞するのが人生の主たる仕事である人のことである。この連中には、尊敬すべき点ははとんどない。虚栄心が強く、自己満足の輩である。人生の実務的な仕事には不向きであり、経済的な理由から地味な仕事を黙々としている人を馬鹿にする。自分はたくさんの本を読み、たくさんの絵画を観たからというので、他の人より偉いと思っているのだ。現実から逃避するために芸術を楯にし、人間の生活に必要な活動を否定するために平凡なものには何であれ愚かしい軽蔑の目を向ける。麻薬常用者並みというか、いやもっと悪い。麻薬常用者なら、お山の大将になって仲間の人間を低く見たりはしないから。芸術の価値は、神秘主義者の考える価値と似て、どんな効果があるかにかかっている。単に楽しみを与えるというのであれば、どれほど精神的な楽しみであっても、あまり価値はない。せいぜいIダースの廿町とIパイントのモンラシェ酒くらいの価値しかない。もし美が癒し効果を持つなら、それはそれで結構。世の中は回避できない悪ばかりだから、人が一休み出来る避難所みたいなものがあれば有難い。ただし、悪から逃れるのではなく、休んでから力を盛り返して悪と対決しなくてはならない。というのは、芸術が人生における大きな価値の一つであるのなら、人間に謙虚、寛容、英知、雅量を教えるべきなのだ。芸術の価値は美でなく正しい行為である。
美が人生の大きな価値だというのなら、美がそれを味わうことの出来る美的感覚を持つ階級のみの特権だというのは信じがたいことだ。エリートだけが分かち持っている感性が人生の必需品だと主張するのは変だ。だが、美学者はそのように主張する。白状するが、愚かな若造だった私は、芸術(そこに私は自然美も入れていた。これも絵画、交響曲と同じく、明確に人が作ったものだと思っていたし、今もそう思う)が、人間の努力の最高の成果であり、人間存在を正当化すると考えていて、芸術が分かるのはエリートだけだと思うと、言うに言われぬ満足感を覚えたものだった。その後、かなり以前からこの考えは変だと気付いている。美が一部の人の専有物だとは信じられない。特殊な教育を受けた人にしか意味を持たないような芸術作品は、それを好む一部の連中と同じく、くだらないと思いたい。芸術は皆が楽しめる作品である場合にのみ偉大であり、意味を持つ。一部の限られた一派の芸術は遊びである。ところで古代芸術と現代芸術の間にどうして区別をつけるのかか、私には分からない。あるのは芸術のみであるのに。芸術は生き物である。芸術作品の歴史的、文化的、考古学的な曰く因縁を考察することによって、作品に命を与えようとする試みは無意味である。ある彫像を作ったのが古代ギリシヤ人であろうと現代フランス人であろうと、そんなことはどうでもいい。大事なのは彫像が今ここで人に美的感動を与え、感動によって人を仕事へと駆り立てるということである。もし芸術作品か、自己耽溺や自己満足の機会を与える以上のものであろうとするのなら、人の性格を強め、人を正しい行動に一段と適するようにさせなくてはならない。とすると、そこから得られる結論は、私の好まぬものだが、次のように認めざるを得ない。即ち、作品は成果によって価値を問われるべきであり、成果が上がらなければ価値はないのである。芸術家がよい成果を得るのは、成果を狙わないときだという。
このことは事実として認めるしかないらしいが、奇妙な話であり、私には何故だか不明である。芸術家は、彼が説教していると気付いていないときに最も印象的な話をする。ミツバチも自分の目的のためにロウを作るのであって、人間が様々な目的に利用することには気付いていない。
サマセット・モーム『サミング・アップ』行方昭夫 訳(岩波文庫)76章「美」より
「美について」サマセット・モーム: ペン銀舎 http://pengiin.seesaa.net/article/475305928.html
Cakes and Ale roused a storm of controversy when it was first published in 1930. It is both a wickedly satirical novel about contemporary literary poseurs and a skillfully crafted study of freedom. It is also the book for which Maugham wanted most to be remembered.
"The modern writer who has influenced me the most." - George Orwell
"One of my favourite writers." - Gabriel Garcia Marquez
"A writer of great dedication." - Graham Greene
W. Somerset Maugham was born in Paris in 1874. He trained as a doctor in London where he started writing his first novels. In 1926 he bought a house in Cap Ferrat, France, which was to become a meeting place for a number of writers, artists and politicians. He died in 1965.
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