サマセット・モーム『美について』
長いあいだ私は、人生に意義を与えるのは美のみであり、地球上に次から次へと出現する各世代に与えるべき唯一の目標は、時々でいいから芸術家を世に送り出すことだと、考えていた。芸術作品は人間の活動の頂点に立つ産物であり、人間のあらゆる悲惨さ、終わりなき労苦、裏切られた努力もこれによって遂に正当化される、と考えていた。〔中略〕それのみが人生に意味を与えうる芸術作品の中に美しい生き方も含めることで、私はこの極端な考えを後になって修正したけれど、それでもなお私が尊重しだのは美であった。しかし、このような考えを、私はかなり以前に全て放棄してしまった。
第一に、美は終止符だと分かった。美しいものを見ていると、私はただただ感心して眺めているしかないのだった、それか与えてくれる感動は素晴らしいか、感動は持続しないし、無限に感動を繰り返すことも出来なかった。それで、この世の最高に美しいものも結局私を退屈させた。試作品からならもっと長続きする満足が得られるのに気付いた。完璧な出来ではないので、却って私が想像力を働かせる余地があった。あらゆる芸術作品の中で最高の作品においては、あらゆるものが表現されているので、私か出来ることは何もない。そこで私は落ち着きを失い、受身で眺めているのに飽きてしまう。美は山の頂上のようだと思った。そこまで辿り着いたら、後は下りるしかない。完璧というのはいささか退屈である。誰もが目標としている最高の美は完璧に達成されないほうがいいというのは、人生の皮肉の中でもかなりひどいものだ。
人は美という言葉で、審美感を満足させる額神的ないし物質的なもの「大抵は物質的なものだが」を意味していると思う。だか、これでは、水が意味するのは濡れたもの、と言うに等しい。〔中略〕私が気付いた奇妙なことは、美の評価には永続性がないという点だった。どこの美術館へ行っでも、ある時代の最高の目利きが美しいと判断したのに、現代の我々には無価値と思える作品で一杯である。私の生涯の間でも、少し以前まで最高とみなされていた絵画や詩から、美が日の出の太陽の前の白霜のように蒸発するのを見た。〔中略〕得られる結論はただ一つ、美は各時代の要求に関わるものであり。我々が美しいと思うものを調べて、絶対的な美の本質を探すのは無駄だということである。美が人生に意味を与える価値の一つであるにしても、それは常に変化しているものであり、それゆえ分析できない。〔中略〕
人間の肉体および精神構造の中には、ある音、あるリズム、ある色彩を特に魅力的だと思ってしまう要素があるのかもしれない。我々が美しいと思うものの要素には生理学的な根拠かあるのかもしれない。我々はまた、かつて愛したとか、時間の経過で感傷的な気分を誘うとか、そういう人、物、場所を思い出させるものを美しいと思う。見覚えがあるので美しいと思うときがある。その一方、珍しさに驚いて美しいと思うものもある。これらを総合してみると、類似あるいは対照による連想が美の情緒に大いに関係しているようだ。〔中略〕物の美はよく知るとともにさらに美しいと思うようになる、というだけではない。後の時代の人々が、あるものに喜びを見出していると、その美が次第に増してくるということである。
〔中略〕
絵画を見、交響曲を聴き、エロティックな興奮を覚えたり、長く忘れていた情景を思い出して涙したり、あるいは、連想によって神秘的な歓喜を昧わったりするのは〔中略〕これらの現象も、作品の均整と構造に対する冷静な満足と同じく美的情緒の大事な部分なのである。
人の偉大な芸術作品に対する反応は正確に言うとどういうものであろうか。〔中略〕それは知的ではあるが、官能の喜びもある高揚感、力強い感覚と人間の束縛からの解放を伴う幸福感を与える興奮である。同時に、人間への共感に富むやさしさを自分の内部に感じる。心は休まり、穏やかな気分なのだが、どこか精神的に超然としている。事実、ある絵画や彫刻を眺め、ある音楽を聴いていると、時どき非常に強烈な感情を覚えたので、それは神秘家が神との結合を述べるときと同じ言葉でしか表現できなかった。
〔中略〕ジェレミー・ベンサムは、どんな種類の幸福も同じであり、楽しみの程度が同じなら子供の鋲遊びも詩もどちらも優劣はない、と言ったが、彼は愚か者だったのだろうか。この問題についての神秘家の答えは明白である。神秘家匝く、歓喜は、もし性格を強め、人間に正しい行為をなさしめるのでなければ、無価値である。歓喜の価値は人がいかなる仕事をするかによるのだ。
サマセット・モーム『サミング・アップ』行方昭夫 訳(岩波文庫)76章「美」より
《つづく》
「美について」サマセット・モーム: ペン銀舎 http://pengiin.seesaa.net/article/475305928.html
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