「私たちの身振りは無為の、言語は沈黙の、それぞれ排泄物にほかならない」
「聖指話法」より
「私たちの身振りは無為の、言語は沈黙の、それぞれ排泄物にほかならない」
『アナクロニズム』種村季弘より

「蛇と舞踏者」
「集団狂気舞踏は聖ファイトの踊り以前にも以後にも起っているが、なかでも面白いのは、十六世紀末、宗教改革と宗教迫害の時代の只中に起った集団舞踏である。この舞踏病に顕著な特徴は、踊り手がすべて子供であるということであった。
しかも奇妙なことに、舞踏状態になると、子供たちは自分が猫になったと思い込むのであった。突如として彼らはおそろしく敏捷になったかと思うと、樹木の上にするするとよじ登ったり、ニャアニャアと猫の鳴き声を上げたりするのであった。」
「オランダの舞踏史家ヨースト・A・M・メールローによれば、私たちはすでに母胎の内部においてリズムと舞踏を知っていたのである。
「胎児は外界からの接触にたいしても、物音にたいしてもきわめて敏感である。胎児は胎内の音の世界に生きていて、自分の心臓の鼓動と母親のそれとを聞いている。かくて誕生以前の子供は圧倒的な切分された音響世界のなかに生きているのである。子供は母胎のなかですでにその人生行路全体を決定するリズムを得る。彼は物質的欠乏を知らぬ大洋的無関心のニルヴァーナ的世界に生きているのである」
メールローが舞踏衝動の最深部に見ているものは、一言にして言えば、母胎還帰衝動とかヨナ・コンプレックスとかいう衝迫である。子供は母胎を離れてからも、自分の心臓の鼓動と母親のそれとが共鳴しつつ羊水の大洋に無重力的に浮遊していた原状態を忘れていない。そしてたえずこの原睡眠状態にたちもどろうとするであろう。かくて舞踏は、いわば身体運動による追憶、私たちがかつて生きていた唯一の大洋的睡眠状態の行動による模倣ともいうべきものなのである。」
『アナクロニズム』種村季弘より
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