シャーリー・マクレーン の名言
1.私達の人生は、自分がどのように世界を見ているかで決まります
2.自分で自分を楽しませるすべを知ってる人間ほど強い。
3.皺は私の勲章です。
私が生きてきたという証なの。
4.人の本質は変えられるものだし、そうすれば何でも可能だって悟ったの。
そのときから、私の人生は変わったわ。
5. 恐怖は、友であるべき人間を見知らぬ人間に変える。
6.映画も人生も粘土のようなもの、私たちが形づくっていくのです。
そして希望を持ってやり続ければ、必ず完成するものです。
7.私の生き方に対して、とやかくいう男なんて要らないわ。
私以外に私とこんなに深く付き合っている人間がいると思うの?
シャーリー・マクレーン
Shirley MacLaine
本名シャーリー・マクレーン・ベイティ
誕生日1934年4月24日
出身アメリカ/リッチモンド
米バージニア州出身。俳優のウォーレン・ベイティは実弟。高校卒業後、ブロードウェイ・ミュージカルのダンサー兼コーラスとしてキャリアをスタートし、55年の「ハリーの災難」でスクリーンデビューを果たす。「走り来る人々」(59)でアカデミー主演女優賞に初ノミネートされて以降、「アパートの鍵貸します」(60)、「あなただけ今晩は」(63)でも同賞の候補に挙がり、人気女優として活躍。
69年、ブロードウェイの名演出家ボブ・フォッシーを監督に招いたミュージカル映画「スイート・チャリティ」では主演を務めた。一時期女優業を休止し、米女性団体として初の中国訪問団を組織。その模様をおさめたドキュメンタリー映画「The Other Half of the Sky: A China Memoir(原題)」(75)を監督し、同作はアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされる。再び女優に復帰し、「愛と喝采の日々」(77)でアカデミー主演女優賞4度目のノミネートを経て、「愛と追憶の日々」(83)でついに受賞を果たした。「マダム・スザーツカ」(88)では、ベネチア国際映画祭で「主婦マリーがしたこと」のイザベル・ユペールと最優秀女優賞を分け合った。00年の「ぼくが天使になった日」で初めて劇映画を監督した。元夫スティーブ・パーカー(「青い目の蝶々さん」のプロデューサー)との間に生まれたサチ・パーカーも女優。
●シャーリー・マクレーンが前世は一休の伴侶だったという。
http://pengiin.seesaa.net/article/517882898.html
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