マルセイユ版タロット21+0に配列してヘンリーミラー視点から観る
奔放に生きたヘンリーミラーのさまざまな名言から、21+0に配列して並べてみて、マルセイユ版タロット世界を想起する試みです。
1「行く先は決して場所などではなく、物事の新たな見方である。」
2「明らかな事実でも意味のないことがあるから、人生は、意味を与えてもらわなくちゃいけない。」
3「何かに注意を向けた瞬間、たとえ草の一葉であろうとも、それは神秘的で、荘厳で、言葉では表すことのできない崇高な世界に変わる。」
4「与えることと受けることは結局同じことで、その人が開かれた生き方をしているか閉じた生き方をしているかによる。」
5「思えば、ひたすら自らの欲望のおもむくままに事をなし、果実を手に入れてきた。私にとって現実はつねに彼方にあり、理想がその手前にある。理想を追い続けていれば、それが現実になって、事をなすことができるのだ」
6「囚人とは罪を犯した者ではなくて、自分の罪にこだわり、それを何度も繰り返して生きている人間のことだ。」
7「想像は大胆不敵な声だ。もし神に関して何か神にふさわしいことがあるとするなら、想像がそうだ。彼は敢然とすべてを想像した。」
8「大切なのは、けっして不安になりすぎないこと。すべてのことは、時がくればうまくいく。」
9「どうにも動きようがなくなった時でさえ、人生は、常に新しい資本と材料を我々に与えてくれます。人生の元帳には、凍結資産など」
10「過去にしがみついて前進するのは、鉄球のついた鎖を引きずって歩くようなものだ。」
11「安全な道を求める人は、痛みを(自分に)与えることのない義手義足に取り替えるために自分の手足を切り離す人みたいなものである」
12「人はみな自分の運命を持っている。唯一やれることは、どんな結末になろうと、それに従い、受け入れることなのだ。」
13 「あらゆる出来事は、もしそれが意味を持つとすれば、それは矛盾を含んでいるからである。」
14「与えることと受けることは結局同じことで、その人が開かれた生き方をしているか閉じた生き方をしているかによる。」
15「囚人とは罪を犯した者ではなくて、自分の罪にこだわり、それを何度も繰り返して生きている人間のことだ。」
16「恐怖心や愛国心によって人を殺すのは、怒りや貪欲によって人を殺すのとまったく同じく悪い。」
17「開かれた生き方をしている人は媒体となり発信器となる。そして川のように、人生を充分に生き、命の流れとともに流れ、海として」
18「想像は大胆不敵な声だ。もし神に関して何か神にふさわしいことがあるとするなら、想像がそうだ。彼は敢然とすべてを想像した。」
19「女をかまいつけないようにすればするほど、女はあとを追いまわす。女には何かしら片意地なところがある。」
20「いくら受け取っても十分でないもの、それは愛である。いくら与えても十分でないもの、それも愛である。」
21「金もないし、頼りになる人もいないし、希望もない。しかし、私は生きているから最高に幸せだ。」
0「明らかな事実でも意味のないことがあるから、人生は、意味を与えてもらわなくちゃいけない。」
1から11までが『北回帰線』ならば、
12から21までが『南回帰線』となるだろう。円環にする0が最期と最初を繋いでいる。
ヘンリー・ミラー(Henry Valentine Miller, 1891年12月26日 - 1980年6月7日)
アメリカ合衆国の小説家。 ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区にカトリックのドイツ系アメリカ人の家で生まれた。父親は仕立て職人。ブルックリン区ウィリアムズバーグで育つ。ニューヨーク市立大学シティカレッジを中退。 1931年、シカゴ・トリビューンでの仕事を得る。
職業を転々としたのち、ヨーロッパを放浪。1934年、自伝的小説『北回帰線』をパリにて発表。しかし本国アメリカでは、その奔放な性表現により発禁になる。
« 大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」歌麿と蔦重にしか描けない未来が見たい | トップページ | 『怪物のユートピア』種村季弘 「マゾヒズムは、出産の疼痛(叩かれる空想)の快適な感覚への転換である。これはマゾヒズム的空想の他の典型的な要素からも理解できる。たとえばよくみられる緊縛の空想は、子宮内における運動不能な快楽状態の部分的な再現である。」 »
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