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2025年11月26日 (水)

『怪物のユートピア』種村季弘 「マゾヒズムは、出産の疼痛(叩かれる空想)の快適な感覚への転換である。これはマゾヒズム的空想の他の典型的な要素からも理解できる。たとえばよくみられる緊縛の空想は、子宮内における運動不能な快楽状態の部分的な再現である。」

「『怪物のユートピア』を推す

     澁澤龍彦

 種村季弘の思想の核は、一言でいえば、この本の表題になっている「怪物のユートピア」という言葉に端的に示されているごとく、アンチ・ヒューマニズムに立脚したユートピア待望の情念である。すなわち人間は変身しなければならず、この世は顚倒されなければならない、――これが彼の信念だ。」


『怪物のユートピア』種村季弘

【目次】


怪物のユートピア――ミノタウロスから怪獣映画まで


ジョン・フランケンハイマー論――あるいは物質の喜劇からの逃亡

催眠術師とあやつり人形――『怪人マブゼの挑戦』と怪奇映画の系譜

管理社会のなかの永久革命者――ロマン・ポランスキー『水の中のナイフ』

映像死滅理論の魔笛奏者――フェリーニ『8 1/2

不条理演劇と現代映画――F・デュレンマット『老貴婦人故郷へ帰る』の映画化をめぐって

仮面劇の復活――トニー・リチャードソン『ラブド・ワン』

失楽園から星雲都市まで――SF映画論

土に溶ける機械文明――ケネス・アンガー『スコピオ・ライジング』

換骨奪胎の思想――ベルイマン『ペルソナ』の詐術


石堂淑朗――ある巨人症の蟻の想い出

吉田喜重――幻花の栽培者

鏡が死児を育てる――吉田喜重『情炎』

花と暗黒世界との隠し通路――鈴木清順『河内カルメン』

偽りと解放軍思想との間――加藤泰『骨までしゃぶる』

滅亡愛の楽園――若松孝二『胎児が密猟する時』

「存在と無」から「存在と十円」へ――中島貞夫『任侠柔一代』

怪奇映画の早すぎた埋葬――中川信夫『東海道四谷怪談』

暗殺者たちのポートレート――わが暴力論

大衆映画は旧態を墨守せよ――ヒーローについて

恐怖を飼う市民たち――ヒューマニズムについて


巨人ゴーレムの謎――大地崇拝から終末論の恐怖へ

肉体について――性的消費と畸型の肉体

フランツ・カフカ――ある迷路体験

マニエリスムの発見――GR・ホッケ『迷宮としての世界』をめぐって

マニエリスム文学の復権――GR・ホッケ『文学におけるマニエリスム』をめぐって

悲喜劇の出生――F・アラバールと迷宮演劇

退化人間の処刑場――『ゲルニカ』と『迷路』

アンチ・エロチカーの世界――若年様式と老年様式と

F・フェリーニの白い文章体――『8 1/2』をめぐって


あとがき



【本書より】

「怪物のユートピア」

「怪物が実生活を支え、実生活が怪物を必要としていたこのいわば幸福な関係は、近代科学の登場によって全面的に破壊された。近代の動物学と進化論は、すべての怪物を進化系統樹の中へと分解還元してしまう。怪物はそこでは生物学的不可能として説明される一方で、整然たる分類項の中に生体解剖されたまま封じこめられてしまう。精神分析が幅をきかせている間に、想像力は系統樹の無限に分枝する分解運動の中で、かつての果敢な冒険の夢を見失う。」


「ゴジラやガメラのような古典的な怪獣のように、それ自身の存在だけで禁制侵犯の恐怖でも誘惑でもあった怪物が、善神と悪しき巨人(獣)に分れて戦うギガントマシーの二元論に分裂していくのは、あるいはもはや怪獣物の衰弱現象を物語っているのかもしれない。それにしても、これらの白日の下にさらされた意識下の純粋な力学が猫かぶりの人情劇などより数等高級な代物であることに変りはなく、さればこそテレビ嫌いのわたしでさえも、機会さえあればこれを見逃したことはない。」


 この「苦痛の道具」である鉄の甲冑(中世の拷問器具「鉄の処女」を思い浮べるがよい)や狭苦しい密室が、いかにしてマゾシックな快楽の道具に転化するかを、さらにオットー・ランクはあざやかに指摘している。

 「マゾヒズムは、出産の疼痛(叩かれる空想)の快適な感覚への転換である。これはマゾヒズム的空想の他の典型的な要素からも理解できる。たとえばよくみられる緊縛の空想は、子宮内における運動不能な快楽状態の部分的な再現である。」


「いわば母たちにかこまれて眠気を催すような胎生の単調で安逸な安息の中に漂っている同じ瞬間に、この天国的な環の外側にはさらにもうひとつの環があって、彼は父たちの暴力に裸でさらされているのだ。」

「狭い産道の彼方には父と母。そこに「外部」があるなら、それはあまねく父の権力が支配する専制世界にほかならない。したがって、単に外界に出て行くことは、母の子宮の環から父の力の環に移行することにすぎないはずだ。「外部」への誕生が解放を意味するためには、誕生が同時に父親殺しでなければならないことになる。」


「だが、人間的感覚の不在にもかかわらず、いやまさにそれゆえに、自動人形は高次の可能性をはらむ特権的存在であることを銘記してほしい。自動人形崇拝の歴史は古い。すでに百五十年前、ハインリッヒ・フォン・クライストは、マリオネット(物質)や熊(動物)や子供のような、蒙昧な、それゆえに天使的に無垢な存在の、反省意識にたえず干渉される人間にたいする優越を語っている。「有機的世界では反省意識が晦冥をきわめ、弱まればそれだけ、ますます優美さが燦然とたちあらわれるのです。」(『マリオネット芝居について』)

 物質や動物や幼児の条件反射的な行動の正確さが、人間的誤謬にみちみちた成人行動にたちまさること数倍であるのは、ことわるまでもない。」

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