川端康成「無言」幽霊タクシーに乗る
川端康成「無言」
大宮明房という66歳の小説家。病気で舌も右手もしびれ、寝たきりでも一言も言わず一文字も書かなくなってしまった。そんな明房老人を見舞いに行く。タクシーに乗って、鎌倉から逗子へ向かう途中にトンネルがあり、そこをとおりかかったときに、運転手から幽霊の話を聞く。幽霊は、美しい女で無言で乗っている、と。明房老人は妻に早くに死に別れ、長女の富子に面倒を見てもらっていた。富子は、父親の世話をしているうちに婚期を逃し、既に四十である。
無言で寝ている老小説家の枕頭で、富子はおしゃべりする。それを明房老人は、黙って聞いている。富子は、父はまだ書きたがっているように思える。父の代わりに父の私小説を書いてみようなどと言う。
富子が食事の支度に立っている間、明房老人の枕頭で酒を飲みながら、ひとりでしゃべり続ける。何を言っても無言の相手に、左手で文字を書くことを勧め、一文字の持つ力を力説したりする。
明房老人と富子との意思の疎通に奇怪なものを感じながら、帰りのタクシーに乗る。トンネルを鎌倉側に抜けて、火葬場の下にさしかかったとき、
「おい出たか」「出ました。旦那の横に坐ってますよ」
私は幽霊の姿は見えないが、何か話しかけてみようかと強がると運転手は答える。幽霊としゃべるのは、たたりますよ。とりつかれますよ。おそろしいやめてください。黙って鎌倉まで送ってやりゃいいんですよ。
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