ギリシア抒情詩人 KOKUTOU
ギリシア抒情詩人
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稜威かがやく女神のごとくに君を(讃へ)、
わけても君が歌舞に嬉しみたまへる、
その女、今はリューディアの婦人らの間に
抜きん出て顕はれたまふ、そのさま、
宛かも太陽の没りしあと、
薔薇の指をもたす月よみ、あらゆる
星々を傍へに従へ、その光輝を
潮づく海、また花々の咲きみだる野に
射しかくるごと、そのとき、
露、きよらかに降りて地に布き、
花うばら、または優しきアントリュスカ
花の盛りの蜜蓮華など咲きこぼるる、
あたりをしげく立ちもとほりつ、
たをやかのアッティスが上をいとしみなつみ
思ひ出たまへば、げにさやかなる
御胸をさへ痛めさせなむ。…………
(P・L・F・サッボオ55)
(―) ベルリン≒パピルス五〇〇六所載、第四行より十七行まで、初部および末尾は欠落ことに多く、明らかでない。
序
詩人が自分のチャンスをしめす種類の詩がある、他の場合、彼はチャンスを延長しているに過ぎない。チャンスの詩は由来稀だ。これは霊媒のロから細胞原形質が流れ出すように詩人の手先から流れ出す。詩人は片目で眠りながら降下を管制する。
深所の石像、曼荼羅華はこうして生れる。まま醜悪だったりするこの種の詩を集めたり、カットしたり、補強したりする仕事は、とにかく徒労に終わり易い。理由は読者を疲労させるからである、読者が或る詩の新味を玩味してくれる揚合は極めて稀だ。 ジャン・コクトー
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