ミシェル・エルベール&ウジェーヌ・ヴィル『禁じられた館』(1932)
ミシェル・エルベール&ウジェーヌ・ヴィル『禁じられた館』(1932)
作品自体ももちろんだが、本格ミステリに幅広く眼を配ったフランス・ミステリ史にも、一行も登場しない作家名である。そんな知られざる作家によって、英米の黄金時代にフランスでも不可能犯罪ミステリの秀作が書かれていた、新種の恐竜が発見されたような。
この合作作家は、不可能犯罪物を蒐集したロバート・エイディ『Locked Room Murders』やその補遺にもその名はなく、解説によると、フランスの大部の二巻本ミステリ事典にも、その項目はないという。本国でもまったく顧みられない作家なのだ。
訳者によってサルベージされた作品を紐解いてみると実にいい。
その第一は、黄金時代流のフェアプレイを重視した不可能犯罪ミステリであること。
富豪のヴェルディナージュが、マルシュノワール館に引っ越してくる。これまでの館の主には常に災いがつきまとってきた曰く付きの館だ。富豪のもとには、再三「この館から出ていけ」との脅迫状が舞い込む。犯行予告の日、ついに事件は起こる。謎の男の来訪の後、富豪は射殺死体になって発見される。しかし、犯人と目される人物は、どこにも逃げ場のない館から忽然と姿を消していた-。
警察が家の雇人たちを訊問しても、不可能犯罪の様相は強まるばかり。訪問者の一連の動向を小塔の窓から監視していた召使の存在もあり、事実は確固たるものだ。犯罪に付随する状況は包み隠さず読者に提示され、そこから納得度の高い解決を取り出す作者の手つきは、黄金時代の一流プレイヤーそのものだ。謎解きが突飛なものではなく、確かにこれしかないと納得させる。トリックの面では、英国のある古典(非密室物)の影響を受けた可能性も考慮したいが、いずれにしても不可能犯罪のトリックとしてうまく溶かし込んでいる。
フェアプレイ度では、同時代のフランス(ベルギー)作家のS・A・ステーマンやピエール・ヴェリーより上だろう。論理の隙のなさは、二人の作家の合作という形式が大いに与っているかもしれない
第二は、多重解決型のミステリになっていること。バークリー『毒入りチョコレート事件』(1929)ほど整然としたものではないが、最初に駆け付けた憲兵隊の警部、その次にやってきた予審判事、管区警視、検事代理、さらには私立探偵が押しかけてきて、それぞれの推理を披歴し、独自の犯人を指摘する。ありうべき解決を幾つもの主体が推理し、否定されていくことで、事件の不可能性は増していくし、全体にユーモラスな調子を与えている。
トム・モロウなる私立探偵は、ポワロ風のもったいぶった喋り方をする気取り屋の小男だ。富豪の遠い親戚に押しかけ、遺産が遺された雇人が真の犯人になれば、親戚に遺産が転がり込んでくるという理屈で、脅迫気味に雇うことを迫る一風変わった探偵で、名探偵のありようとしてもユニークだ。
第三は、全体を通じた劇的構成。真犯人と目された人物は重罪院の法廷にかけられ、死刑宣告まで風前の灯となる。一部はルルー『黄色い部屋の謎』に由来しているかもしれないが、クライマックスの法廷で、真の名探偵が浮上し、推理を披露するという構成は、ドラマティックで、最後の謎解きの効果を高めている。
フェアプレイの本格ミステリとしても、密室ミステリとしてもフランス屈指の作といえる本書がここに発掘されたのは喜ばしい。作者は、1930年代に本書を含め3作の不可能犯罪物を遺し、ほかにも、ガストン・ボカ、ノエル・ヴァンドリーといった作家が不可能犯罪物を書いているという。フランス30年代にささやかな不可能犯罪ブームがあったことは、愛好家のさらなる夢想を誘うだろう。
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