無料ブログはココログ

燐寸図案

  • 実用燐寸
    実用燐寸レッテルには様々な図案があります。 ここにはコレクション300種類以上の中から、抜粋して100種類ほど公開する予定。 主に明治、大正、昭和初期時代の燐寸レッテルの図案。

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。
フォト

« 浜尾 四郎 Aozora文庫 作家別作品リスト:No.289 | トップページ | マレーシアと日本の味覚の違い »

2026年5月10日 (日)

浜尾四郎全集(桃源社)

浜尾四郎全集(桃源社)
【浜尾四郎】明治29年(1896年)4月24日、当時の東京市麹町区五番街に、男爵・医学博士加藤照麿の四男として生まれる。加藤は小児科医として有名で、昭和天皇の皇太子時代には侍医を務めたこともある。また祖父は男爵・文学博士・法学博士の加藤弘之。兄は東京美術学校校長の加藤成之。弟の郁郎は後の古川緑波。
 大正7年(1918年)12月、子爵・枢密院議長浜尾新の養子になる。病気静養による休学後、大正12年(1923年)に東京帝国大学法学部独法科を卒業。同年12月、司法官試補を命ぜられ、東京地方裁判所などで事務修習をしたあと、大正13年(1924年)11月に東京区裁判所検事代理となった。大正14年(1925年)11月、父の死去とともに子爵の位を襲爵し、同時に検事に任ぜられて、東京地方裁判所兼東京区裁判所検事局に勤務した。昭和3年(1927年)8月に検事を辞職し、弁護士を開業した。
 大正12年(1923年)以降から専門雑誌に文学と法学を交えた論文やエッセイを執筆。昭和2年(1926年)には「新青年」に「落語と犯罪」というエッセイを寄稿している。小酒井不木や新青年編集部からの依頼に応じ、昭和3年(1927年)末の「新青年」昭和4年1~2月号に「彼が殺したか」で作家デビュー。以後、短編の力作を次々と発表する。
 昭和6年(1931年)4月17日から12月12日まで「名古屋新聞」に初長編『殺人鬼』を連載。元検事の藤枝真太郎を探偵に据え、ヴァン・ダイン風の重厚な作品は、日本の本格探偵小説の先駆的な作品であった。
 昭和8年(1933年)、貴族院議員に当選。しかし昭和10年(1935年)10月29日、脳溢血で急逝。満39歳没。長編『平家殺人事件』は未完に終わった。
(『浜尾四郎全集』第1巻より抜粋)
【浜尾四郎全集】
 昭和46年(1971年)、桃源社より全2巻で刊行。発表された短編、長編、随筆のほぼすべてが収録された。永く絶版であったが、2004年に沖積舎より再刊された。
収録作品
第1巻 殺人小説集 1971.6.25 『殺人小説集』
 「彼が殺したか」
 「死者の権利」
 「悪魔の弟子」
 「殺された天一坊」
 「島原絵巻」
 「正義」
 「探偵小説作家の死」
 「黄昏の告白」
 「夢の殺人」
 「彼は誰を殺したか」
 「有り得る場合」
『短編』
 「肉身の殺人」
 「マダムの殺人」
 「不幸な人達」
 「救助の権利」
『浜尾四郎随筆集』
第2巻 殺人鬼 1969.5.12 『殺人鬼』
『博士邸の怪事件』
『鉄鎖殺人事件』
『平家殺人事件』
(桃源社)

 

« 浜尾 四郎 Aozora文庫 作家別作品リスト:No.289 | トップページ | マレーシアと日本の味覚の違い »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 浜尾 四郎 Aozora文庫 作家別作品リスト:No.289 | トップページ | マレーシアと日本の味覚の違い »

2026年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

最近のトラックバック