つげ義春,/主な作品漫画
主な作品漫画以下、発表順
1954年(昭和29年)
犯人は誰だ!!(1954年10月、芳文社『痛快ブック』掲載)
きそうてんがい(1954年10月)
1955年(昭和30年)
青空浪人(1955年4月、芳文社『痛快ブック』掲載)
白面夜叉(1955年5月、単行本、若木書房)
とんちんかんちゃん(1955年5月、芳文社『痛快ブック』掲載)
涙の仇討(1955年6月、単行本、若木書房)
しまった(1955年7月、芳文社『痛快ブック』掲載)
たすけてー(1955年8月、芳文社『痛快ブック』掲載)
愛の調べ(1955年9月、単行本、若木書房)
のら犬物語(1955年9月、芳文社『痛快ブック』掲載)
片腕三平(1955年10月、単行本、若木書房)
戦雲のかなた(1955年11月、単行本、ひばり書房)
へんな野球(1955年11月、芳文社『痛快ブック』掲載)
のっぽ専用(1955年12月、芳文社『痛快ブック』掲載)
1956年(昭和31年)
ジャングルにさるまわしがあったなら(1956年1月)
能祭の乙女(1956年2月)
暁の銃声(1956年7月)
生きていた幽霊(1956年11月)
1957年(昭和32年)
港のリリーちゃん(1957年2月)
地獄への招待(1957年2月)
走れ!ぼろバス(1957年3月)
仮面の少女(1957年4月)
吹雪の中の顔(1957年6月)
四つの犯罪(1957年6月)
犯人はだれ?(1957年7月)
暁の非常線(1957年7月)※1960年9月「影の男」に改題
七つの墓場(1957年8月)※1960年12月「犯人を挙げろ」に改題
どろぼうと少年(1957年9月)
ゆうれい船長(1957年10月)
狂人屋敷の謎(1957年10月)※1960年10月「謎」に改題
1958年(昭和33年)
おばけ煙突(1958年11月)のモデルとなった千住火力発電所。
西洋館のひみつ(1958年1月)
恐怖の終列車(1958年2月)
恐怖の灯台(1958年3月)
船虫小僧の冒険(1958年4月〜9月)
幕末風雲伝(1958年6月)
のろわれた仮面(1958年8月)
のろわれた刀(1958年8月)
三人の逃亡者(1958年8月)
おばけ煙突(1958年11月)
ある一夜(1958年12月)
1959年(昭和34年)
不思議な手紙(1959年2月)
うぐいすの鳴く夜(1959年5月)
クロ(1959年7月)
手錠(1959年8月)※1959年8月版は実弟・つげ忠男との共作・1966年3月に改稿
鉄路(1959年9月)
どくろの秘密(1959年10月)
賭け(1959年11月)
裁く(1959年11月)
親分(1959年12月)
墓をほる影(1959年12月、芳文社『痛快ブック』掲載) - 1999年、北冬書房・高野慎三によって新発見された作品。若木書房の『迷路』に毎月短編を発表していた当時の1年ぶりの雑誌向け長編だが、つげ自身も全く記憶がなかった[38]。
1960年(昭和35年)
殺し屋(1960年1月)
古本と少女(1960年2月)※1966年9月に改稿
腹話術師(1960年2月)
武蔵秘話3 妖刀村正(1960年3月)※のち作品リストから抹消。つげ義春によると「五味康祐の完全な盗作」であり、その後どの単行本にも再録していない[152]。
老人の背中(1960年4月)
灼熱の太陽の下に(1960年4月)※1966年12月に改稿・同時にタイトルを「蟻地獄」に改題
ホワイヴ・ダイス(1960年4月)
四人の素人(1960年5月)
非情(1960年6月)
忍者狩り(1960年8月)
怒れる小さな町(1960年9月)
穴(1960年10月)
鬼面石(1960年11月)
一発(1960年12月)
1961年(昭和36年)
女忍(1961年2月)※1966年12月に改稿
月姫さま(1961年4月)
戦国悲話(1961年5月)
なぜ殺らなかった!(1961年6月)
忍者くん(1961年7月)
1963年(昭和38年)
野盗の砦(1963年4月)
狂った忍者(1963年9月)
忍びの城(1963年12月)
1964年(昭和39年)
流浪人別帳(1964年2月)
見知らぬ人々(1964年3月)
上忍下忍(1964年7月)
忍者絶命(1964年12月)※1965年9月「奴隷侍」に改題
1965年(昭和40年)
一刀両断(1965年2月)
ねずみ(1965年3月)
目には目を(1965年4月)
右舷の窓(1965年6月)
行ったり来たり(1965年8月)
噂の武士(1965年8月)
西瓜酒(1965年10月)
死にたい気持ち(1965年11月)
運命(1965年12月)
下町の唄(1965年12月)
つげ義春さんが死去 「ねじ式」「無能の人」新たな漫画表現で衝撃:朝日新聞
沼(1966年2月)のイメージのもとになった夷隅川の淀み。向かって左手に白土三平と滞在した寿恵比楼旅館が建つ。『沼』に登場する少女のモデルとなったのが、この旅館の当時17際から18歳の娘であった。
1966年(昭和41年)
不思議な絵(1966年1月)※1966年12月に改稿
兄貴は芸術家(1966年2月)
沼(1966年2月)
チーコ(1966年3月)
初茸がり(1966年4月)
1967年(昭和42年)
海辺の叙景(1967年9月)に描かれた房総半島の大原海水浴場。つげは家族で何度もここを訪れている。
通夜(1967年3月)
山椒魚(1967年5月)
李さん一家(1967年6月)
峠の犬(1967年8月)
海辺の叙景(1967年9月)
紅い花(1967年10月)
西部田村事件(1967年12月)
「ねじ式」で蒸気機関車が到着する場面に描かれた千葉県太海漁港近くの民家
「ねじ式」の舞台となった太海漁港(仁右衛門島より)
1968年(昭和43年)
長八の宿(1968年1月)
二岐渓谷(1968年2月)
オンドル小屋(1968年4月)
ほんやら洞のべんさん(1968年6月)
ねじ式(1968年6月)
ゲンセンカン主人(1968年7月)
もっきり屋の少女(1968年8月)
1970年(昭和45年)
蟹(1970年1月)
やなぎ屋主人(1970年2月-3月)
1972年(昭和47年)
夢の散歩(1972年4月)
夏の思いで(1972年9月)
1973年(昭和48年)
『リアリズムの宿』の舞台となった鰺ヶ沢の町 1980年撮影
「鰺ヶ沢は漁港の町で床屋がやたら多い…」(『リアリズムの宿』より)1980年撮影
『散歩の日々』に登場する虎狛神社
下宿の頃(1973年1月)
大場電気鍍金工業所(1973年4月)
懐かしいひと(1973年8月)
リアリズムの宿(1973年11月)
1974年(昭和49年)
事件(1974年4月)
枯野の宿(1974年7月)
義男の青春(1974年11月)
1975年(昭和50年)
庶民御宿(1975年4月)
退屈な部屋(1975年10月)
1976年(昭和51年)
夜が掴む(1976年9月)
1977年(昭和52年)
アルバイト(1977年1月)
1978年(昭和53年)
コマツ岬の生活(1978年6月)
1979年(昭和54年)
外のふくらみ(1979年5月)
必殺するめ固め(1979年7月)
ヨシボーの犯罪(1979年9月)
魚石(1979年10月)
1980年(昭和55年)
日の戯れ(1980年1月)
窓の手(1980年3月)
会津の釣り宿(1980年5月)
1981年(昭和56年)
少年(1981年7月)
近所の景色(1981年10月)
雨の中の慾情(1981年12月)
1984年(昭和59年)
散歩の日々(1984年6月)
ある無名作家(1984年9月)
池袋百点会(1984年12月)
1985年(昭和60年)
隣りの女(1985年3月)
石を売る(1985年6月)
無能の人(1985年9月)
鳥師(1985年12月)
1986年(昭和61年)
探石行(1986年3月)
カメラを売る(1986年6月)
やもり(1986年9月)
蒸発(1986年12月)
1987年(昭和62年)
海へ(1987年3月)
別離(1987年6月・9月)
未発表作
高野慎三によると、つげが構想した作品の半数近くが、陽の目を見ずに終わっているという。それらは外的な理由ではなく、つげ自身の「個人的事情」による。「創作ノート」というような形でも残されておらず、高野によれば、つげはその点「いさぎがよかった」らしく、それがつげの生き方のある種の徹底性につながっていると見ている。1967年から1968年にかけての『李さん一家』に始まる名作の数々の発表される陰で消えていった作品も1つや2つではなく、また、当初は文庫本ほどの創作ノートに書き込まれていたものの、いつしか散逸したのだという。つげは高野にひとつの物語を語り終えると、必ず作品化し発表してほしいと懇願する高野に「話しちゃえば落ち着くんですよね。描いたからってどうということありませんからね」と呟いた。高野には「発表しない」という行為も重要なことに思えたという。以下に未発表作品の一部を紹介する[153]。
『南風』
100ページ以上の長編。漂流譚の一種であり、ヘミングウェイの『老人と海』や井伏鱒二の『ジョン万次郎漂流記』などがヒントになった可能性がある。当時、雑誌『ガロ』では白土三平の『カムイ伝』が連載中で、それに触発された可能性もある。水彩色で波間に漂う漁船の表紙絵まで仕上がっていた。しかし当時は水木しげるのアシスタントをつとめており、長編を描く時間がないという単純に物理的な理由により手が付けられなかった。その後の『長八の宿』で「ジッさん」の過去が語られるくだりに『南風』のシチュエイションの片鱗がうかがえる。ただ『南風』の漁師は松崎ではなく、人家の少ない孤島に漂流し、一切の過去への想いを断ち切り、孤独のうちの生を送るという筋書きであったという。『南風』が『峠の犬』前後の構想であったことを考え合わせれば、つげが描こうとしていたテーマは大体の察しが付くと高野は語っている[153]。
随筆
『つげ義春の温泉』の表紙を飾った西山温泉 (福島県)
つげ義春流れ雲旅(朝日ソノラマ、1971年/旺文社文庫、1982年9月)
共著で、画:つげ義春、文:大崎紀夫、写真:北井一夫
つげ義春流れ雲旅(朝日新聞出版、2023年1月)、ISBN 978-4-0225-1877-4
50年を経ての改訂復刊、大崎・北井との鼎談も収録[154][155]
つげ義春が語る旅と隠遁(筑摩書房、2024年4月)、約半世紀間の対談、インタビューを集成
つげ義春とぼく(晶文社、1977年/新潮文庫、1992年)
猫町紀行(三輪舎、1982年) - 豆本
つげ義春旅日記(旺文社文庫、1983年6月)
つげ義春日記(講談社、1983年12月/講談社文芸文庫、2020年3月)
貧困旅行記(晶文社、1991年/新潮文庫、1995年)
つげ義春の温泉(カタログハウス、2003年/ちくま文庫、2012年)
映像化作品
紅い花(NHK、1976年)演出:佐々木昭一郎
無能の人(映画、1991年)監督:竹中直人
ゲンセンカン主人(映画、1993年)監督:石井輝男
第1話 李さん一家
第2話 紅い花
第3話 ゲンセンカン主人
第4話 池袋百点会
つげ義春ワールド(テレビ東京、1998年)全12話
退屈な部屋 監督:豊川悦司 1999年第36回ギャラクシー選奨受賞 1998年7月TVギャラクシー賞受賞
懐かしいひと 監督:豊川悦司
散歩の日々 監督:長尾直樹
無能の人(前後編)監督:望月六郎
ある無名作家 監督:伊藤秀裕
別離(前後編)監督:望月六郎
やもり 監督:伊藤秀裕
義男の青春(前後編)監督:安藤尋
紅い花 監督:渡辺武
ねじ式(映画、1998年)監督:石井輝男
蒸発旅日記(映画、2003年)監督:山田勇男
リアリズムの宿(映画、2004年)監督:山下敦弘
雨の中の慾情(映画、2024年)監督:片山慎三
旅と日々(映画、2025年)監督:三宅唱(原作『海辺の叙景』『ほんやら洞のべんさん』)
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