杉山茂丸の破天荒な生き様。
杉山茂丸の破天荒な生き様。
明治から昭和初期にかけて活動した、稀代の政治運動家・実業家・黒幕だった。
「土の中のモグラ」に例えてわ表舞台の官職に就くことなく、中央政界を裏から動かし続けた異例の生涯、
『ドグラ・マグラ』の夢野久作の父親としても、作家に多大な影響を残した。
【基本情報と家族関係】
* 生涯:1864年9月15日(元治元年) 〜 1935年(昭和10年)7月19日
* 出身:筑前国(現在の福岡県福岡市)の福岡藩士の家に生まれる
* 号:其日庵(ごにちあん)、法螺丸(ほらまる)
* 著名な親族:
* 夢野久作(長男・本名:杉山直樹 / 泰道):日本三大奇書の一つに数えられる推理小説の怪作『ドグラ・マグラ』の著者。
* 杉山龍丸(孫):戦後、全財産を投じてインドの砂漠緑化に生涯を捧げ「グリーン・ファーザー」と呼ばれた国際奉仕家。
💼 主な実績と「黒幕」としての暗躍
杉山は、伊藤博文、山縣有朋、松方正義、児玉源太郎といった時の総理大臣や軍、財界の巨頭たちと深く交わり、国家規模のプロジェクトを次々と裏で仕掛けました。
* 日本興業銀行(現・みずほ銀行)の設立奔走 日本の工業発展に外資が必要と考えた杉山は、1898年に単身渡米し、当時の世界的な金融王J・P・モルガンと直接交渉して巨額の借款約束を取り付け、設立の土台を作りました。
* インフラ・産業の開発 「南満州鉄道(満鉄)」の設立に関わったほか、現在の北九州産業の礎となる博多湾築港、九州鉄道の設立、さらには「関門海底トンネル」の初期計画などを立案・推進しました。
* 国家主義運動とアジア外交 福岡の政治結社「玄洋社」の頭山満らと親交を結び、対外膨張政策(日清・日露戦争、韓国併合の推進)の裏面で暗躍しました。その一方で、アジアの独立運動を支援する側面もあり、中国の孫文やインドのラス・ビハアリ・ボースらを日本国内で匿いました。
🎨 破天荒なエピソード
* 「法螺丸」と呼ばれる大風呂敷 彼の仕掛ける計画はあまりにも規模が大きく、周囲からホラ吹きという意味を込めて「法螺丸」とあだ名されましたが、それを実際に形にしてしまう圧倒的な行動力を持っていました。
* 家庭を顧みない「国士道楽」 私財をすべて国家運動や他国への支援に注ぎ込み、家庭は完全に二の次でした。息子の夢野久作に対しては、慶應義塾大学を「文学など国のためにならん」と中退させ、アジア指導者を育成するための4万坪の農園(杉山農園)をたった一人で買収させるなど、苛烈な要求を突きつけています。
* 死後の「献体」 「死んだら死体を大学に寄付しろ」という本人の遺言により、遺体は東京帝国大学(現在の東京大学)医学部に解剖用として献体されました。
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