美学校は夏休みに絵文字教室でのクラスメイト渡辺和博くんから、三回くらい手紙が来た。
追放された野次馬―思想的変質者の十字路 (現代評論社1972年8月25日発行)
質の高いアカデミックな月刊誌『現代の眼』があり、大学教授、作家、評論家の内でも権威ある雑誌で「原稿料はいらないから原稿を書かせてくれ」と有名大学教授がいたと
夏休みに絵文字教室でのクラスメイト渡辺和博くんから、三回くらい手紙が来た。
「平凡パンチ7月31号を観たかナ?『反戦バス』ポスター入り記事が載ってました」
美学校のシルクスクリーン教室機材で、印刷技術を覚えたので、チラシ、カード、Tシャツなどにプリントして試した。夏休み前にベ平連からポスターの仕事を取ってきたのだ。
Discover Japanブームに乗って、著名人たちと共にを「反戦バス」を東西方向に行くツアーからの依頼だった。反戦バス企画そのものよりも、渡辺くんが閃いたというポスターのキャプションと画像イメージが凄いと思い、二人で短期間で制作した。渡辺くんは写真専門学校を三年やって、絵も描けるわけでないのに、絵文字教室に来て一番仲良しだった。広島弁を効果的に混ぜて話す内容が面白くて、写真撮影してるだけに彼が観た映画や演劇の話が興味深いものだった。僕はプロの先生から教室ではレタリングを覚えて、高校生の頃からしてたペン画を沢山描いてた頃だった。そんな絵と文字の実技について渡辺くんは最下位で、なんで美学校に来ているのかと多くの生徒や教師に疑問視されてたようだ。
しかし渡辺くんの放つアイデアや図案発想が、抜群に優れたものであったのも紛れ当たりではない。後々『金魂巻』で《マル貧マル金》を全国的なブームをさけて、稀なる異才ぶりを発揮されている。この発案を眠らせるわけにはならず、勉強中のレタリングをプロモードまで高める。そして乗り乗りのパロディーイラストは一気に美学校の自習時間に完成していった。
写真撮影と現像を本格的にやってた渡辺くんは機材の扱いが上手で、シルクスクリーンの現像にも感覚を活かして、ポスター全判サイズ原版を見事に作成した。教室のある神保町には出版社と紙問屋が多く、日頃から印刷物に相応しい紙を物色してたので、グラデーション入り印刷作業まで快適に進められた。納品した反応は良かったということまで渡辺くんから聞いて、夏休みとなっていた。
美学校に感謝したのは、年齢や学歴による制限もななかったこと。アマチュアだった僕ら学生たちが、半年足らずで図案印刷の仕事を納品できたのだ。普通の美大のように、デッサンなどの実技入試が全くなかったから、出会えた才能ということが大きい。
残念ながら1972年「平凡パンチ」7月31号に掲載された記事を観てもいなければ、反戦ポスターも保存していない。
美術手帖に赤瀬川さんが当時連載してた「資本主義リアリズム講座」が評判となり、僕らに番外篇の担当がまわってきた。東京医科歯科大学の学祭イベント雑誌からの依頼だった。大枠と構成を赤瀬川さんと南伸坊さんがやり、その他の記事をなべぞと僕がアシスタント作業するというものだった。
内容と企画も乗り気じゃないのに、僕は作業を進めてしまうのだが、乗り気じゃないのが全体に溢れてしまった。御茶ノ水にある医科歯科大学には、人体解剖の実技教室まで見学させてもらい、死体解剖に関心ある渡辺くんは番外篇は乗り乗りだった。この差って何だろうと思うが、解らず仕舞いで落ち込んでしまった。原因は後年仕事をしてから、知ることになる自明のことだった。
牛込柳町の交差点にある古い雑貨店。タバコ売り場の奥にある棚の上にある、燐寸の束ごと売れ残って積み上げられたという、蒐集者にとっては伝説化している。「ハマツ、いよいよ牛込柳町へ行くか」「そうだね伝説の真偽を確かめるのに、先者勝ちの燐寸世界だし」
山手線の内側にある下町へ、地下鉄が今のように普及してなかった牛込柳町。
路面電車の停留所が1970年に廃止されて、街全体が時の埃が積もった印象、渡辺くんと二人で期待が高まる一方であった。聞いていた方向の街角に雑貨の店があったので、違いないねと伝説の地へ向かった。気難しい老婆がタバコ売り場にいて、棚の上には燐寸歴史の地層のように、見たことがない図案ラベルがいく種類も積み上げられていた。おまけに下層部には、燐寸箱が経木製のコレクターには涎物が出土する可能性が感じられた。
「あらあ、経木製かもしらんなぁ」燐寸同盟によって、ファーストコンタクトになることを考えて、勇む心を抑えた。
僕らが店にとって怪しい二人組ではない印象を老婆さんに与えて、整理不足の棚から手際良く種類多く買い付ける。上層部にも珍しい燐寸があるのだが、棚を整理して抜き出して、下層部からぼろぼろになっている戦前から終戦直後に売られていた燐寸を何セットか多めに買う交渉を進めるのだった。老婆さんは売れ残りを買いに来た学生を、好意的に受け止めてくれた。貧乏症景色たっぷり雰囲気の棚を、カメラ小僧の渡辺くんに撮影記録してもらいたかったが、両手一杯になる燐寸コレクションを手にしてその場合を去った。
「雑貨店で売っている厚箱の実用マッチなどは、台所の醤油のシミだけが目について、そこにある図柄は網膜には映っても、脳の中枢までには達しなかったのである。したがって雑貨屋にある各種のマッチは、私の頭の中の片隅に「台所用マッチ」として、ひとまとめに放り込まれていた。」(赤瀬川原平「燐寸主義序説」より)
赤瀬川原平、大平健『文学校』(岩波書店)
赤瀬川原平「考現学研究室」『現代人が古代を研究するのは難しいが、現代人が現代を研究するのはもっと難しいことである。それは現代人が現代の中にはまり込んでいるからだ。それはちょうど、自分の中に…』(美学校1983年度募集要項より)
« [字]日曜サスペンス・京都殺人授業 第一講座「雨の中の義経」 8月30日(日) 20:00〜21:54 放送時間 114分 BS-TBS | トップページ | イラストレーターでコラムニストの渡辺和博氏(ナベゾ)は、稀有な才能をもって「若者文化」のトップを切っていた人であるけれども、病いを得て数年の間、その活躍の分野を限定していた。 »
« [字]日曜サスペンス・京都殺人授業 第一講座「雨の中の義経」 8月30日(日) 20:00〜21:54 放送時間 114分 BS-TBS | トップページ | イラストレーターでコラムニストの渡辺和博氏(ナベゾ)は、稀有な才能をもって「若者文化」のトップを切っていた人であるけれども、病いを得て数年の間、その活躍の分野を限定していた。 »


コメント