なぜ美人はいるのか? 世には美男美女がいる。さて美男美女とはなんだろう。
男性なら眉目と引き締まった口元、きちんと手入れされた髪と背丈も締まった身体のイケメン。女性なら大きく二重の目と柔らかそうな唇、水気のあるしっとりした肌に、長くつややかな髪などの要素。ユニセックス化が進んで、男の精悍さと女の優美さを兼ねそなえた美人もいる。そして美少女のようは男性も増えたりしてる気がする。
目鼻立ちがよい髪が美しい、といっても、それらは感覚器官や保護器官の配置と形状の差異でしかない。美人のほうが視力がよくて百メートル先に落ちている硬貨を見つけられる機能的には美人でも不美人でも相違はない。人は美人を見ると好ましいのか謎である。
なぜ美人を美人だと感じるのか?
進化史的な経緯から、太古ヒトはみな猿のような顔をして、人類は不細工だったろう。
その中に突然変異によって、かわいい美人が発生したとする。この人は当初から好ましいものとして扱われたか疑問である。
なぜなら猿のようなヒトたちは、外敵と飢えと寒さから逃げるのに精一杯で、目鼻の位置が左右に二、三ミリ異なるだけの同胞を優遇する余裕はなかったろう。
視力がいいとか嗅覚が鋭いとか、よい子を産みそうな大きな骨盤が要るなど機能面に着目した優遇策を取っただろう。
進化の曙には美人は無視された可能性がある。現代では美人が美人として扱われるきっかけとなった出来事があったか?
高等哺乳類には表情がある。表情は要するに早い意思伝達手段。最初に生まれた表情は泣き顔、生存に直結する表現である。
抵抗しない命ばかりは許しという意思を表明するのが泣き顔だろう。
泣顔できなかった者より生き延びやすい。赤ん坊は泣いて生まれてくる。それによって周囲の大人は庇護心を喚起された。
泣き顔に続いて怒り顔であろう。怒りは威嚇を表して、攻撃せずにそれに近い成果を得る。攻撃は反撃される恐れのあるリスクの高い行動だから、避けられたら大きな利点となる。
そして人間は笑い顔を採用して、解釈はちょっと難しい。犬猫は笑わないので、笑いが知能の高さと関係してると考えられる。
人間にはミラーニューロンに感情移入をする神経部位がある。これによって生じるのが想像力となる。想像力があれば、楽しんでいる相手を見て楽しめるから、有効な報酬となる。赤ん坊の観察から限られたリソースを割いて、早くから笑う。
喜怒哀楽の表情を描く、アニメーションの作画に長々と関わっていると人間の顔について歴史を感じざるをえない。
顔面部品の細やかな操作の瑣末な行為が、ヒトの社会において、対費用効果の高い生存手段であるか考える。
ヒトは顔面部品の微動に操ることで、大幅にコミュニケーションのコストを削減したのだ。
さて社会で美人はいかなる意味を持つか。
健康、エンタメ、ファッション、政治、犯罪、陰謀など美女は社会に広まっています。
ある種の奇形でもあった美人たちは人口が増えて、好まれて結婚する男子も多い。そして美少女が益々誕生することになる。
この現象は何か想いあたるのだった。
ロマンポランスキーの映画『吸血鬼』である。コメディではあるが、人類史の崖っぷちを見事に描いている。
「人からなんでもかんでも、吸収してしまうのが女の機能でもある」
まさに動植物の生物機能を利用して、生き延びることをしている。
何の為に?
如何にして?
そしてどこまで、やるのかな?
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