誕生や生命や死に関する話題、つまり人間の条件に関する話題が出てくると、それまでの熱中がさめて、とたんにプリニウスがしらけた口調になるのは事実である。
「誕生と死」澁澤龍彦より:
第七巻第一章は人間の誕生を扱っているが、すでにここにプリニウスのペシミスティックな基調があらわになっている。一部を引用してみよう。
「自然が人間にとって、やさしい母であるか残酷な母であるかは軽々に判断しえないだろう。まず第一に、人間はあらゆる生きものの中で、他の生きものから借りたものを身にまとわねばならぬ唯一の生きものである。自然は人間以外のすべての生きものに、それぞれ自分の身を守るものをあたえた。すなわち甲殻、貝殻、皮革、とげ、毛皮、剛毛、たてがみ、綿毛、羽毛、鱗、羊毛などである。樹の幹だって、ときには二重の樹皮によって暑さ寒さから守られている。人間だけが、生まれおちると同時に裸の土の上に裸のままでほうり出され、ただちに泣き声をあげなければならないのだ。多くの生きものの中で、こんなに涙をながしやすい生きものはないし、人生の第一歩から泣きわめく生きものなんて聞いたことがない。笑いについていえば、どんなに早くても生後四十日以前に笑う子どもはいない。こうして光に浴してからも、私たちを待っているのは、家畜にさえも課することをためらうような束縛であり、私たちの全身はそれによってがんじがらめにされてしまう。だから、幸福な新生児などといっても、要するに彼らは手足を縛られ泣き濡れて寝かされているにすぎない。すべての生きものに君臨すべき人間が、このざまなのである。この世に生まれたという唯一の過ちによって責苦を課せられて、彼らは人生をはじめなければならないのだ。ああ、こんな人生の第一歩を踏み出した人間が、人間としての誇りをもつなんて狂気の沙汰であろう!」」
「しかし見方を変えれば、このようなプリニウスの人間に対するペシミスティックな見解は、当時のストア哲学風の常套句だったともいえるわけで、それが証拠には、たとえばルクレティウスの『物の性質について』第五巻に次のような記述がある。すなわち「幼児は荒波の上に投げ出された水夫のように、裸のまま地上に横たわり、物もいえず、生きてゆくのに役立つものは何一つもたず、初めてこの世の光の中に飛び出したとき、あたりを悲しい泣き声でみたす」と。」
第七巻第一章は人間の誕生を扱っているが、すでにここにプリニウスのペシミスティックな基調があらわになっている。
【ペン銀舎】
https://pengiin.seesaa.net/article/521546175.html
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