2015年3月17日 (火)

ピクト犬

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2014年11月26日 (水)

煉瓦館の通り

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2014年1月16日 (木)

プロフィール画像の制作

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2010年8月14日 (土)

twitter.com/Proust_bot

「この最初のスワンは、ひまな時間に満ち、大きなマロニエの匂、フランボワーズのかごの匂、タラゴンの若芽の匂をただよわせていた。」
。「過去における甘いささやきや、ほほえみや、ときには美しい想像が、今なおはっきりと浮かび上がる」「それはあたかも、水を満たした陶器の鉢に小さな紙切れをひたして日本人が楽しむあそびで、それまで何かはっきりわからなかったその紙切れが水につけられたとたんに、のび、まるくなり、色づき、わかれ、しっかりした、まぎれもない、花となり、家となり、人となるように」

「堀出物をすることを好み、詩句を愛して、いやしい勘定を軽蔑し、栄誉や愛を夢見る人間を、彼女(オデット)は他の人間よりもすぐれている選ばれた人としていた。そういう趣味は、それを口にしさえすればいいので、実際にもっている必要はなかった」

「あなたは形のない水も同然、傾斜に置けばそれに沿って流れるだけだし、記憶力も思考力もない魚のようなもので、水族館のなかで生活しているかぎり、日に百度も水だと思ってはガラスに衝突しているんだ。」
「ワグナーなんかに気のないあの女には、魚にりんごも同然だ」

「スワンの恋」の大事な場面は、サン=トゥーヴェルト侯爵夫人邸の夜会であり、そこで、人々はゲルマント家の一族に出会い、そこでスワンはヴァントゥイユのソナタの小楽節をふたたびきく。その小楽節はオデットに愛されていた時期を彼に思いださせるのである。しかしながら嫉妬はそうした恋がもうよみがえらないという自覚のあとも長く生きのこる。スワンがその情熱から回復するのはある奇妙な夢を見たあとであり、彼はコンブレーに出発する。
『スワン』の第三部、「土地の名、-名」は、三つの短いセクションをふくむ。いくつかの土地の名についての夢想が旅行の計画にむすびつく。話者がシャン=ゼリゼであそび、そこでジルベルト・スワンと恋をするようになる。そして最後に終結部であり、そこではぐんと年をとった話者が、一九一三年にボワ・ド・ブーローニュに立ちもどり、そこに時の経過を確認するのである、「私がかつて知った現実はもはや存在してはいなかった。」

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人間は自分から脱出できない存在であり、自分の内部でしか他人を知ることのない存在だ(第六篇 逃げ去る女)
自分の宿命は、ただ幻影だけを追うというところにあり、自分の追いかけている人たちの現実性は、大部分が私の想像力で作られたものにすぎない(第四篇 ソドムとゴモラ2) 
春の太陽はもう大運河の波を、くすんだ青と高雅なエメラルドの色に染め、波はティツィアーノの絵の足許に寄せては崩れながら、その豊かな色彩をティツィアーノの絵と競っているかもしれない(第一篇 スワン家の方へ2) 
睡眠のなかで私たちに明らかにされるのは幼年への回帰であり、過ぎ去った歳月と失われた感情の再把握であり、魂の分離と転生であり、死者の喚起であり、狂気の幻想であり、最も原始的な自然界への後退である(第二篇 花咲く乙女たちのかげに2)
ブーローニュの森は、その複合的な性格によって人工の場所になると同時に、動物園でも神話の楽園でもあるという意味で、一つの〈園〉にもなっている(第一篇 スワン家の方へ2)
あるイメージの追憶とは、ある瞬間を惜しむ心にすぎない。そして家や、道や、通りは、逃れて消えてしまうのだ。ああ! ちょうど歳月のように(第一篇 スワン家の方へ2)
自分の宿命は、ただ幻影だけを追うというところにあり、自分の追いかけている人たちの現実性は、大部分が私の想像力で作られたものにすぎない(第四篇 ソドムとゴモラ2)
記憶は一種の薬局か化学実験室のように、何気なくのばした手が鎮静剤の上におかれたり、危険な毒薬の上におかれたりする(第五篇 囚われの女2)
芸術作品こそ〈失われた時〉を見出す唯一の手段である(第七篇 見出された時1)
窓の下では、イワツバメやアマツバメといった鳥たちが、まるで噴水のように、生きている花火のように、飽きもせず何度も優美に飛び立って行き、そんな風に高く上って行く火箭(ひや)と火箭の合間を、水平に長く続く幾筋かの白い不動の航跡で結びつけていた(第二篇 花咲く乙女たちのかげに2)
すべての隠しごとのなかで最も危険なものは、あやまちをおかした本人が心のなかで、あやまちを隠そうとすることだ(第四篇 ソドムとゴモラ1) 
自分の宿命は、ただ幻影だけを追うというところにあり、自分の追いかけている人たちの現実性は、大部分が私の想像力で作られたものにすぎない(第四篇 ソドムとゴモラ2)
自分自身について自分の描くイメージと他人の描くイメージとのあいだのこの落差(第三篇 ゲルマントの方1)
私は理解した、文学作品のすべての素材は、私の過ぎ去った生涯であるということを。私は理解した、それらの素材は、浮ついた快楽や、怠惰な生活や、愛情や、苦痛などを通して私のところにやってきたもの(第七篇 見出された時1)

『失われた時を求めて』 A la recherche du temps perdu
生涯をかけて執筆した長編小説はマルセル・プルースト(Marcel Proust)のtwitterであった。
はてしなく続きます。
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2008年8月17日 (日)

黒死館殺人事件 17

    二、宙に浮んで……殺さるべし

 法水がクリヴォフ夫人にユダヤ人虐殺を試みて、しきりと十二宮秘密記法の解読をしている頃だった。一方私服の楯で囲まれている黒死館では、その隙をどう潜ったものか、世にもまたとない幻術的な惨劇が起ったのである。それが二時四十分の出来事で、当の被害者クリヴォフ夫人は、ちょうど前庭に面した本館の中央――すなわち尖塔のまっすぐ下に当る二階の武具室の中で、折からの午後の陽差を満身に浴びながら、窓際の石卓に倚り読書していた。すると、突然背後から何者かの手で、装飾品の一つであったフィンランダー式火術弩が発射されたのだが、運よくその箭(や)は、彼女の頭部をわずかに掠めて毛髪を縫った。そして、その強猛な直進力は、瞬間彼女を宙に吊り、そのまま直前の鎧扉に命中したので、その機みを喰って、クリヴォフ夫人は鞠のように窓外に投げ出されたのだった。しかし、その刺叉形をした鬼箭(おにや)が、確かと棧の間に喰い入っていたので、また後尾の矢筈に絡みついている彼女の頭髪も、これまた執拗に離れなかったので、夫人の身体はその一本の矢に釣られて宙吊りとなり、しかも、虚空の中でキリキリ独楽のように廻転を始めたのであった。まさに、ダンネベルグ夫人――易介と続いた、血みどろの童話風景である。あの底知れぬ妖術のような魔力を駆使して、犯人はこの日にもまた、クリヴォフ夫人を操人形(マリオネット)のように弄んだ。そして、相変らず五彩絢爛とした、超理法超官能の神話劇を打ったのであった。恐らくその光景は、クリヴォフ夫人の赤毛が陽に煽られて、それがクルクル廻転するところは、さながら焔の独楽のようにも思えたであろうし、また、怒ったゴルゴン(メドウーサら三姉妹)の頭髪を髣髴とさせるほどに、凄惨酷烈をきわめたものに違いなかった。そして、その時クリヴォフ夫人が、もし無我夢中の裡に窓框に片手を掛けなかったなら、あるいは、そのうちに矢筈が萎び鏃が抜けるかして、結局直下三丈の地上で粉砕されたかもしれなかったのである。しかし、悲鳴を聴きつけられて、クリヴォフ夫人はただちに引き上げられたけれども、頭髪はほとんど無残にも引き抜かれていて、おまけに毛根からの出血で、昏倒している彼女の顔は、一面に赭丹を流したよう素地を見ることが出来なかったそうであった。
 その惨事が発生してから、わずか三十五分の後に、法水一行は黒死館に到着していた。館に入ると、彼はすぐにクリヴォフ夫人の病床を見舞った。すると、折よく医師の手で意識が恢復されていて、上述の事情を、杜絶れながらも聴くことが出来た。しかし、それ以上の真相は、混沌の彼方で犯人が握っていた。その当時彼女は、窓を正面に椅子の背を扉の方へ向けていたので、自然背後にいた人物の姿は見ることが出来なかったと云う始末だし、また、その室に入る左右の廊下には、それぞれ一人宛(ずつ)の私服が曲り角の所で頑張っていたのだったけれども、誰しもそこを出入した人物はなかったと云うのだった。言葉を換えて云うと、その室はほとんど密閉された函室に等しく、したがって、私服の眼から外れて、いやしくも形体を具えた生物なら、出入は絶対不可能であるに相違なかったのである。法水は聴取を終ると、クリヴォフ夫人の病室を出て、さっそく問題の武具室を点検した。
 その室は前面から見ると、正確に本館の真中央に当り、二条の張出間(アプス)に挾まれていて、二つある硝子窓はそれだけが他とは異なり、十八世紀末期の二段上下式になっている。また、室内も北方ゴート風の玄武岩で畳み上げた積石造で、周囲は一抱えもある角石で築き上げられ、それが、暗く粗暴な蒙昧(もうまい)な、いかにも重々しげなテオドリック朝あたりを髣髴とさせるものであった。そして、室内には陳列品のほかに、巨大な石卓と、天蓋のない背長椅子(バルダキン)が一つあるのみにすぎなかった。しかも、その暗澹とした雰囲気を、さらにいちだん物々しくしているのが、周囲の壁面を飾っている各時代の古代武具だったのである。それには、さして上古のものはなかったけれども、小型のモルガルテン戦争当時の放射式投石機(カタプルトしきパリスタ)、屯田兵(ヘールバン)常備の乗入梯子、支那元代投火機のようなやや型の大きい戦機に類するものから、手砲用鞍形楯(ハヴィルゼ)ほか十二、三の楯類、テオドシウス鉄鞭、アラゴン時代の戦槌(かけや)、ゲルマン連枷、ノルマン型大身鎗から十六世紀鎗(アガサイ)にいたる、十数種の長短直叉を混じた鎗戟(そうげき)類。また、歩兵用戦斧(せんふ)をはじめに、洋剣(サーベル)の類も各年代にわたっていて、ことに、ブルガンディ鎌刀やザバーゲン剣が珍奇なものだった。そして、その所々に、ヌーシャテル甲冑やマキシミリアン型、それにファルネスやバイヤール型などの中世甲冑が陳列されていて、銃器と云えば、わずかに初期の手砲(ハンドキャノン)を二つ三つ見るにすぎなかった。しかし、それ等陳列品を巡視しているうちに、恐らく法水は、彼が珍蔵しているグロースの「古代軍器書」を、この際持参しなかったことが悔まれたに違いない。何故なら、彼は時折嘆息し、あるいは細めた眼を、細刻や紋章に近づけたりなどして、たしかにこの戦具変遷の魅力は、彼の職務を忘れさせたほどに、恍惚とさせたに相違なかったのである。

 しかし、室内を一巡して、ようやく水牛の角とアザラシの附いたヴァイキング風の兜の前まで来ると、彼は側の壁面にある、不釣合な空間に注いだ眼を返して、すぐその前の床から、一張の火術弩を拾い上げた。それは、全長三尺もあるフィンランダー式(上図参照)のもので、火薬を絡めた鬼箭(おにや)を発射して、敵塞に射込み、殺傷焼壊を兼ねるという酷烈な武器だった。ところで、その構造を概述すると、弓形に附けられた撚紐(ひねりひも)の弦(つる)を中央の把手(ハンドル)まで引き、発射する時は、その把手を横倒しにするという装置で、火砲初期頃の巻上式に比べると、きわめて幼稚な十三世紀あたりのものに相違なかった。すなわち、この一つの火術弩から発射された鬼箭が、クリヴォフ夫人に生死の大曲芸(サーカス)を演ぜしめたのであった。が、それが掲げられていた壁面の位置は、ちょうど法水の乳下辺に当っていた。またそれと同時に、熊城が石卓の上にあった鬼箭を持って来たけれども、その矢柄は二センチに余り、鏃(やじり)は青銅製の四叉になっていて、鴻(こうのとり)の羽毛で作った矢筈と云い、見るからに強靱兇暴をきわめ、クリヴォフ夫人を懸垂しながら突進するだけの強力は、それに十分窺われるのだった。のみならず、弩にも箭にも、指紋はおろか指頭を触れた形跡さえなかったのであるが、その上、疑問はまず熊城の口から発せられて、自然発射説は最初から片影もなかったのである。何故なら、事件発生の直前には、その火術弩は箭をつがえたまま、窓の方へ鏃を向けて掲っていたのだし、その操作は、女性でも強ち出来得ないこともないからであった。熊城はまず、当時半ば開いていた右側の鎧扉から、その壁面にかけて指で直線を引いた。
「法水君、高さはちょうど頃合だがね。しかし、鎧扉までの角度が、てんで二十五度以上も喰い違っている。もし、何かの原因で自然発射がされたとすれば、壁面と平行に、隅の騎馬装甲へぶつからなきゃならんよ。きっと犯人は、踞んでこの弩を引いたに違いないんだ」
「だが、犯人は標的を射損じたのだ。それが僕には、何より不思議に思われるんだがね」と、爪を噛みながら法水は浮かぬ顔で呟いた。「第一、距離が近い。それに、この弩には標尺がある。その時クリヴォフは、背後を向けて椅子から首だけを出していたのだ。その後頭部を狙うのは、恐らくテルが、虫針で林檎を刺すより容易いだろうと思うが」
「では法水君、君はいったい何を考えているんだね」とそれまで何ものか期待していた検事は、周囲の積石を調べ歩いて、漆喰にそれらしい破れ目でも見出そうとしていた。が、空しく戻って来ると、法水に鋭く訊ねた。すると、法水はいきなり窓際へ歩み寄って行き、そこから窓越しに、前方の噴泉を指差して云った。
「ところで、問題と云うのが、あの驚駭噴泉(ウォーター・サープライズ)なんだよ。あれは、バロック時代に盛った悪趣味の産物なんだが、あれには水圧が利用されていて、誰か一定の距離に近づく者があると、その側に当る群像から、不意に水煙が上るという装置になっているのだ。ところが、この窓硝子を見ると、まだ生々しげな飛沫の跡が残されている。してみると、きわめて近い時間のうちに、あの噴泉に近づいて、水煙を上げさせたものがなけりゃならない。勿論それだけなら、さして怪しむべき事でもないだろう。ところが、今日は微風もないのだ。そうなると、飛沫がここまで何故に来たか――という疑問が起ってくる。支倉君、それが、また実に面白い例題なんだよ」と続いて云いかけた法水の顔に、みるみる暗影が差してゆき、彼は過敏そうに眼を光らせた。「とにかく、ライプチッヒ派に云わせたら、今日の犯罪状況(クリミナル・ジチュアチヨン)はきわめて単純なり(ゼール・シュリヒト)――と云うところだろう。何者かが妖怪的な潜入をして、あの赤毛のユダヤ婆の後頭部を狙った。そして、射損ずると同時に、その姿が掻き消えてしまった――と。勿論、その不可解きわまる侵入には、あの Behind(ビハインド) stairs(ステイアス)(大階段の裏)の一語が、一脈の希望を持たせるだろう。けれども、僕の予感が狂わない限りは、仮令(たとえ)現象的に解決してもだよ。今日の出来事を機縁として、この事件の目隠しが実に厚くなるだろうと思われるのだ。あの水煙――それを神秘的に云えば、水精が火精に代り、しかも射損じたのだ――と」
「また、妖精山(ハルツ)風景かい。だがいったい、そんなことを本気で云うのかね」検事は莨の端をグイと噛んで、非難の矢を放った。法水は指先を神経的に動かして、窓框を叩きながら、
「そうだとも。あの愛すべき天邪鬼には、しだいに黙示図の啓示を無視してゆく傾向がある。つまり、黒死館殺人事件根元のテキストさえ、玩弄してるんだぜ。ガリバルダは逆さになって殺さるべし――それは伸子の失神姿体に現われている。それから、眼を覆われて殺さるべきはずのクリヴォフが危なく宙に浮んで殺されるところだったのだ。その時、宙高くに上った驚駭噴泉の水煙が、眼に見えない手で導かれたのだよ。そして、この室の窓に、おどろと漂い寄って来たものがあったのだ。いいかね支倉君、それがこの事件の悪魔学(デモノロジイ)なんだぜ。病的な、しかもこれほど公式的な符号が、事実偶然にそろうものだろうか」
 その一事は、かつて検事が、疑問一覧表の中に加えたほどで、磅(ほうはく)と本体を隔てている捕捉し難い霧のようなものだった。しかし、こう法水から明らさまに指摘されてしまうと、この事件の犯罪現象よりも、その中に陰々とした姿で浮動している瘴気のようなものの方に、より以上ぞっとくるものを覚えるのだった。が、その時扉が開いて、私服に護衛されたセレナ夫人とレヴェズ氏が入って来た。ところが、入りしなに三人の沈鬱な様子を一瞥したとみえて、あの見たところ温和そうなセレナ夫人が、碌々に挨拶も返さず、石卓の上に荒々しい片手突きをして云った。
「ああ、相も変らず高雅な団欒でございますことね。法水さん、貴方はあの兇悪な人形使いを――津多子さんをお調べになりまして」
「なに、押鐘津多子を」それには、法水もさすがに驚かされたらしかった。「すると、貴方がたを殺すとでも云いましたかな。いや、事実あの方には、とうてい打ち壊すことの出来ない障壁があるのです」
 それに、レヴェズ氏が割って入った。そして、相変らず揉み手をしながら、阿(おもね)るような鈍い柔らか味のある調子で云った。
「ですが法水さん、その障壁と云うのが、わしどもには心理的に築かれておりますのでな。お聴き及びでしょうが、あのかたは、御夫君もあり自邸もあるにかかわらず、約一月ほどまえから、この館に滞在しておるのです。だいたい理由もないのに、御自分の住居を離れて、何のために……いや、まったく子供っぽい想像ですが」
 それを法水は押冠せるように、「いや、その子供なんですよ。だいたい人生の中で、子供ほど作虐的(ザディスティッシュ)なものはないでしょうからな」と突き刺すような皮肉をレヴェズ氏に送ってから、「時にレヴェズさん、いつぞや――確かそこにあるは薔薇なり、その附近には鳥の声は絶えて響かず(ドッホ・ローゼン・ジンテス・ウォバイ・カイン・リード・メール・フレテット)――と、レナウの『秋の心(ヘルプスト・ゲフュール)』のことを訊ねましたっけね。ハハハハハ、御記憶ですか。しかし、僕は一言注意しておきますが、この次こそ、貴方が殺される番になりますよ」となんとなく予言めいた、またそこに、法水独特の反語逆説が潜んでいるようにも思われる、妙に薄気味悪い言葉を吐いた。すると、その瞬間レヴェズ氏に、衝動的な苦悶の色が泛び上ったが、ゴクリと唾を嚥み込むと、顔色を旧どおりに恢復して云い返した。
「まったく、それと同様なんです。得体の判らない接近というものは、明らさまな脅迫よりも、いっそう恐怖的なものですからな、しかし、儂どもに寝室の扉に閂を下させたり、またそれを、要塞のように固めさせるに至った原因というのは、けっして昨今の話ではないのですよ。実は、あの晩の神意審問会と同様の出来事が、以前にも一度繰り返されたことがあったのです」とレヴェズ氏は顔を引き緊め、つい寸秒前に行われた、法水との黙劇を忘れたかのように、語りはじめたものがあった。
「それは、先主がみまかられてから間もなくのことで、去年の五月の初めでしたが、その夜は、ハイドンのト短調四重奏曲の練習を、礼拝堂でやることになりました。ところが、曲が進行しているうちに、突然グレーテさんが、何か小声で叫んだかと思うと、右手の弓が床の上に落ち、左手もしだいにダラリと垂れていって、開いてある扉の方を凝然と瞶めているのでした。勿論、儂ども三人は、それを知って演奏を中止いたしました。すると、グレーテさんは、左手に持った提琴を逆さに扉の方へ突き付けて、津多子さん、そこにいたのは誰です?――と叫んだのです。案の定扉の外からは、津多子さんの姿が現われましたけども、あの方はいっこう解せぬような面持で、いいえ誰もいない――と云うのでした。ところが、それを聴くと、グレーテさんは何と云ったことでしょうか。声を荒らげて、儂どもの血が一時に凍りつくような言葉を叫ばれたのです。確かそこには算哲様が――と」と云った時に、総身を恐怖のために竦めて、セレナ夫人はレヴェズの二の腕をギュッと掴んだ。その肩口を、レヴェズは労わるように抱きかかえて、あたかも秘密の深さを知らぬ者を嘲笑するような眼差を、法水に向けた。
「勿論わしは、その疑題(クエスチョネーア)に対する解答が、神意審問会のあの出来事となって現われたと信じておるのです。いや、元来心霊主義(スピリチュアリズム)には縁遠い方でしてな。そう云った神秘玄怪な暗合というものにも、必ずや教程公式があるに相違ない――と。いいですかな法水さん、貴方が探し求めておられる薔薇の騎士(ローゼン・カヴァリエル)は、その二回にわたる不思議とも、異様に符合しておるのですぞ。それは云うまでもない、津多子さんにほかならんのです」
 その間法水は、黙然と床をみつめていたが、まるで、ある出来事の可能性を予期してかのような、弱々しい嘆息を洩らした。そして、「とにかく、今後貴方の身辺には、特に厳重な護衛をおつけしましょう。それから、また貴方に、『秋の心(ヘルプスト・ゲフュール)』をお訊ねしたことを、改めてお詫びしておきます」と再び、他ではとうてい解しきれぬような奇言を吐いてから、彼は問題を事務的な方面に転じた。
「ところで、今日の出来事当時は、どこにお出かけになりましたか」
「ハイ、私は自分の室で、ジョオコンダ(聖バーナード犬の名)の掃除をいたしておりました」とセレナ夫人は躊まずに答えてから、レヴェズの方を向いて「それに、確かオットカールさん(レヴェズの名)は、驚駭噴泉の側にいらっしゃいましたわね」
 その時レヴェズ氏の顔には、ただならぬ狼狽の影が差したけれども、「いやガリバルダさん、鏃(やじり)と矢筈を反対にしたら、たぶん、弩の絃が切れてしまうでしょうからな」といかにも上ずった、不自然な笑声で紛らせてしまったのである。そうして二人は、なおも煩々しく、津多子の行動について苛酷な批判を述べてから、室を出て行った。二人の姿が扉の向うに消えると、それと入れ違いに、旗太郎以下四人の不在証明(アリバイ)が私服によってもたらされた。それによると、旗太郎と久我鎮子は図書室に、すでに恢復していた押鐘津多子は、当時階下の広間にいたことが証明されたけれど、不思議な事には、この時もまた、伸子の動静だけが不明で、誰一人として、彼女の姿を目撃した者がないのだった。以上の調査を私服から聴き終ると、法水はひどく複雑な表情を泛べ、実にこの日三度目の奇説を吐いた。
「ねえ支倉君、僕にはレヴェズの壮烈な姿が、絶えず執拗っこくつき纏っているのだがね。あの男の心理は、実に錯雑をきわめているのだ。あるいは誰かを庇おうとしての騎士的精神かもしれないし、またああいう深刻な精神葛藤が、すでにもう、あの男に狂人の境界を跨がせているのかも判らない。だが、なにより濃厚なのは、あの男が死体運搬車に乗っている姿なんだよ」となんら変哲もないレヴェズの言動に異様な解釈を述べ、それから噴泉の群像に眼がゆくと、彼は慌てて出しかけた莨を引っ込めた。「では、これから驚駭噴泉を調べることにしよう。恐らく犯人であると云う意味でなしに、今日の事件の主役は、きっとレヴェズに違いないのだ」
 その驚駭噴泉の頂上は、黄銅製のパルナス群像になっていて、水盤の四方に踏み石があり、それに足をかけると、像の頭上からそれぞれの側に、四条の水が高く放出される仕掛になっていた。そして、その放水が、約十秒ほどの間継続することも判明した。ところが、その踏み石の上には、霜溶けの泥が明瞭な靴跡となって残っていて、それによるとレヴェズ氏は、その一つ一つを複雑な経路で辿って行って、しかもそれぞれに、ただの一度しか踏んでいないことが明らかになった。すなわち、最初は本館の方から歩んで来て、一番正面の一つを踏み、それから、次にその向う側を、そして三度目には右側のを、最後には、左側の一つを踏んで終っている。しかし、その複雑きわまる行動の意味が、いったい那辺にあるのか、さすがに法水でさえ、皆目その時は見当がつかなかった。
 それから、本館に戻ると、一昨日訊問室に当てた例の開けずの間、すなわちダンネベルグ夫人が死体となっていた室で、まず最初の喚問者として伸子を喚ぶことになった。そして、彼女が来るまでの間に、どこからとなく法水の神経に、後にはそれと頷かせた、異様な予感が触れてきたと云うのは、数十年以来この室に君臨していて、幾度か鎖され開かれ、また、何度か流血の惨事を目撃してきた――あの寝台の方に惹かれていったのだった。彼は帷幕の外から顔を差し入れただけで、思わずハッとして立ち竦んでしまった。前回には些かも覚えなかったところの、不思議な衝動に襲われたからだ。死体が一つなくなっただけで、帷幕で区切られた一劃には、異様な生気が発動している。あるいは、死体がなくなって構図が変ったので、純粋の角と角、線と線との交錯を眺めるために起った、心理上の影響であるかもしれない。
 けれども、それとはどこか異なった感じで、同じ冷たさにしても、生きた魚の皮膚に触れるといったような、なんとなくこの一劃の空気から、微かな動悸でも聴えてきそうであって、まあ云わば、生体組織(オーガニズム)を操縦している、不思議の力があるのを浸々と感ずるのだった。しかし、検事と熊城に入られてしまうと、法水の幻想は跡方もなく飛び散ってしまった。そして、やはり構図のせいかなと思うのだった。法水はこの時ほど、寝台を仔細に眺めたことはなかった。
 天蓋を支えている四本の柱の上には、松毬形をした頂花が冠彫になっていて、その下から全部にかけては、物凄いほど克明な刀の跡を見せた、十五世紀ヴェネチアの三十櫓楼船(ブチントーロ)が浮彫になっていた。そして、その舳(みよし)の中央には、首のない「ブランデンブルクの荒鷲」が、極風に逆らって翼を拡げているのだった。そういう、一見史文模様めいた奇妙な配合が、この桃花木(マホガニー)の寝台を飾ってる構図だったのである。そして、ようやく法水が、その断頸鷲の浮彫から顔を離した時だった。静かに把手の廻転する音がして、喚ばれた紙谷伸子が入って来た。

黒死館殺人事件 13

 瞬間検事と熊城は、自分ではどうにもならない眩惑の渦中に捲き込まれてしまった。犯人の名――それはすなわち、この事件のカーテンが下されるのを意味する。しかし、古今東西の犯罪捜査史をあまねく渉猟したところで、とうてい史実によって犯人が指摘され、事件の解決が下されたなどという神話めいた例(ため)しが、従来(これまで)にわずかそれらしい一つでもあったであろうか。それであるからして、二人は駭(おどろ)き呆れ惑い、ことに検事は、猛烈な非難の色をうかべて、実行不可能の世界に没頭してゆく法水を、厳然と極めつけるのだった。
「ああまた、君の病的精神狂乱かね。とにかく、洒落はやめにしてもらおう。壺兜や手砲(ハンド・キャノン)で事件の解決がつくと云うのだったら、まず、そういう史上空前の証明法を聴こうじゃないか」
「勿論刑法的価値としては、完全なものじゃないさ」と法水は烟(けむり)を靡(なび)かせて、静かに云った。「しかし、最も疑われてよい顔が、僕等を惑わしていた多くの疑問の中に散在しているんだ。つまり、その一つ一つから共通した因子(ファクター)が発見され、しかも、それ等をある一点に帰納し綜合し去ることが出来たとしたらどうだろう。またそうなったら君達は、強(あなが)ちそれを、偶然の所産だけとは考えないだろうね」と云って、テーブルをガンと叩き、強調するものがあった。「ところで僕は、この事件を猶太的犯罪(ジュウイッシュ・クライム)だと断定するが、どうだ!」
「猶太(ジュウ)――ああ君は何を云うんだ?」熊城は眼をショボつかせて、からくもしゃがれ声を絞り出した。恐らく彼は、雷鳴のような不協和の絃の唸りを聴く心持がしたことであろう。
「そうなんだ熊城君、君はユダヤ人が、ヘブライ文字の(アレフ)から(ヨッド)までに数を附けて、時計の文字盤にしているのを見たことがあるかね。それが、ユダヤ人の信条なんだよ。儀式的の法典を厳格に実行することと、失われた王国(ツィオン)の典儀を守ることだ。ああ、僕だってそうじゃないか。どうして今までに、土俗人種学がこの難解きわまる事件を解決しようなどと考えられたろうか。とにかく、支倉君の書いた疑問一覧表を基礎にして、あの薄気味悪い赤い眼(シリウス)の視差(パララックス)を計算してゆくことにしよう」と法水の眼の光が消えて、卓上のノートを開きそれを読みはじめた。

一、四人の異国楽人について

被害者ダンネベルグ夫人以下四人が、いかなる理由の下に幼少の折渡来したか、また、その不可解きわまる帰化入籍については、いささかの窺視(きし)も許されない。依然鉄扉のごとくに鎖されている。

二、黒死館既往の三事件

同じ室において三度にわたり、いずれも動機不明の自殺事件に対して、法水はまったく観察を放棄しているようである。ことに、昨年の算哲事件については、真斎をどうかつする具には供しているけれども、はたして彼の見解のごとく、本事件とは全然別個のものであろうか。法水が黒死館の図書目録の中から、ウッズの「王家の遺伝」を抽き出したのは、その古譚めいた連続を、彼は遺伝学的に考察しようとするのではないか。

三、算哲と黒死館の建設技師クロード・ディグスビイの関係

算哲は薬物室の中に、ディグスビイより与えらるべくして果されなかった、ある薬物らしいものを待ち設けていた。その意志を、一本の小瓶に残している。また法水は、カタファルコ十字架の解読よりして、ディグスビイに呪詛の意志を証明している。以上の二点を綜合すると、黒死館の建設前すでに、両者の間には、ある異様な関係が生じていたのではないだろうか。

四、算哲とウイチグス呪法

ディグスビイの設計を、算哲は建設後五年目に改修している。その時、デイ博士の隠顕扉や黒鏡魔法の理論を応用した古代時計室の扉が生れたのではないかと思われる。しかしながら、算哲の異様な性格から推しても、とうていそれ等中世異端的弄技物が、上記の二つに尽きるとは信ぜられぬ。そして、歿後直前に呪法書を焚いたことが、今日の紛糾混乱に因を及ぼしているのではないかと、推測するがいかが?

五、事件発生前の雰囲気

四人の帰化入籍、遺言書の作成と続いて、算哲の自殺に逢着すると、突如なまぐさい狹霧のような空気が漲りはじめた。そして、年が改まると同時に、その空気にいよいよ険悪の度が加わっていったと云われる。あながちその原因が、遺言書をめぐる精神的葛藤のみであるとは思われぬではないか。

六、神意審問会の前後

ダンネベルグ夫人は、死体蝋燭が点ぜられると同時に、算哲と叫んで卒倒した。また、その折易介は、隣室の張出縁に異様な人影を目撃したと云う。けれども、列席者中には、誰一人として室を出たものはなかったのである。そして、その直下に当る地上には、人体形成の理法を無視した二条の靴跡が印され、その合流点に、これもいかなる用途に供されたものか皆目見当のつかない、写真乾板の破片が散在していた。以上四つの謎は時間的には近接していても、それぞれ隔絶した性質を持っていて、とうてい集束し得べくもない。

七、ダンネベルグ事件

屍光と降矢木の紋章を刻んだ創紋――。まさに超絶的眺望である。しかも法水は、創紋の作られた時間が僅々一、二分にすぎぬと云う。さらに彼の説として、その二つの現象を、〇・五の青酸加里(ほとんど毒殺を不可能に思わせる程度の薬量)を含んだオレンジが、被害者の口中に入り込むまでの道程に当てている。すなわち、不可能を可能とさせる意味の補強作用であり、その結果の発顕にほかならぬと推断している。しかし、彼の観察誤りなしとしても、それを証明し犯人を指摘することは、要するに神業ではないか。しかも、家族の動静には、一見の特記すべきものもなく、オレンジの出現した経路も全然不明である。
テレーズの弾条人形――。断末魔にダンネベルグ夫人は、この邪霊視されている算哲夫人の名を紙片にとどめた。そして、現場の敷物の下には、人形の足型が、扉を開いた水を踏んでまざまざと印されている。しかし、その人形には特種の鳴音装置があって、附添いの一人久我鎮子は、その鈴のような音を耳にしなかったと陳述しているのだ。勿論法水は、人形の置かれてあった室の状況に一抹の疑念を残しているけれども、それは彼自身においても確実のものではなく、すなわち、否定と肯定との境は、その美しい顫音(せんおん)一筋に置かれてあると云っても過言ではない。

八、黙示図の考察

法水がそれを特異体質図と推定しているのは、明察である。何故なら、自体の上下両端を挾まれている易介の図が、彼の死体現象にも現われているではないか。しかし、伸子の卒倒している形が、セレナ夫人のそれを彷彿とさせるのは、何故であろうか。また法水が、象形文字から推定して、黙示図に知られない半葉があるとするのは、仮令(たとい)論理的であるにしても、すこぶる実在性に乏しく、結局彼の狂気的産物と考えるほかにない。

九、ファウストの五芒星呪文(略)
十、川那部易介事件

法水の死因闡明(せんめい)は、同時に甲冑を着せしめたところに、犯人の所在を指摘している。それを時間的に追及すると、伸子にのみ不在証明がない。しかも伸子は、その咽喉をえぐった鎧通しを握って失神し、なお、奇蹟としか考えられない倍音が、経文歌(モテット)の最後の一節において発せられている。それ以外に疑問の焦点とでも云いたいのは、はたして犯人が、易介を共犯者として殺害したか否かであって、勿論容易な推断を許さぬことは云うまでもないのである。結局、その曲折紛糾奇異を超絶した状況から推しても、しだいに、伸子の失神を犯人の曲芸的演技とする点に綜合されてゆくけれども、しかし、公平な論断を下すなれば、依然として紙谷伸子は、ただ一人の、そして、最も疑われてよい人物であることは勿論である。

十一、押鐘津多子が古代時計室に幽閉されていた事

これこそ、まさしく驚愕中の驚愕である。しかも、法水が死体として推測したものが、解し難い防温を施されて昏睡していた。勿論、彼女が何故に、自宅を離れて実家に起居していたか――という、その点を追及する必要は云うまでもないが、しかし、犯人が津多子を殺害しなかった点に、法水は危惧の念を抱いて陥穽を予期している。けれども、易介が神意審問会の最中隣室の張出縁で目撃した人影と云うのは、絶対に津多子ではない。何故なら、当夜八時二十分に、真斎が古代時計室の文字盤を廻して、鉄扉を鎖したからである。

十二、当夜零時半クリヴォフ夫人の室に闖入したと云われる人物は?

ここに易介の目撃談――宵に張出縁へ出現して、あのいかにも妖怪めいた不可視的人物が、夜半クリヴォフ夫人の室にも姿を現わしたのだった。夫人の言によれば、それはまさしく男性であって、しかもあらゆる特徴が、身長こそ異にすれ旗太郎を指摘している。しかりとすれば、伸子が覚醒の瞬間にしたためた自署に、降矢木という姓を冠せている。それを、グッテンベルガー事件に先例のある潜在意識と解釈すれば、伸子を倒したとする風精の正体には、最も旗太郎の姿が濃厚である。そして、その推定が、伸子の露出的な失神姿体と撞着するところに、この事件最大の難点が潜んでいるのではあるまいか。

十三、動機に関する考察

すべてが、遺産をめぐる事情に尽きている。第一の要点は、四人の異国人の帰化入籍によって、旗太郎の白紙的相続が不可能になった事である。次に、旗太郎以外ただ一人の血縁が、すなわち押鐘津多子を除外している点に注目すべきであろう。したがって、旗太郎対三人の外人の間には、すでに回復し難い程度の疎隔を生じているけれども、何よりこの一つの大きな矛盾だけは、どうすることも出来ない。すなわち、動機を持つ者には、現象的に嫌疑とすべきものがなく、伸子のごとき犯人を彷彿とさせる者には、その反対に動機の寸影すら見出されないのである。

2008年8月11日 (月)

「三人の人とカード・ゲームをしている夢を見ていた。」 

わたしの対戦相手は男女二人組で、フードをすっぽりかぶっていて、全身をマントで包んでいた。わたしとしても、二人をそれほどしげしげと眺めていたわけではない。わたしのパートナーはフードもマントもないお年寄りだったが、一分たりとも同じ姿をしていないという特徴があった。時に若者となるが、顔自体はそれほど変化しない。若者特有の明るさ、楽しさが光となって内側から溢れでるような感じがした。わたしの背後にはだれかが立っていたが、見ることができない。手と腕だけが現れて、わたしに一組のカードを渡す。どうも黒い服を着た男性のように思われる。夢が始まってから少しして、パートナーが話しかけてきた。

 「あなたのプレイスタイルは運任せですか、それとも腕に覚えがありますか?」

 「だいたいは運任せです。腕とおっしゃられても、どうすればよいのか存じません。おおむね運はいいほうなのです」とわたしは答えた。実のところ手元にはすでに幾つか取り終えたトリックを並べていたのだ。パートナーはこう返してきた。

 「運任せとは外側を信頼することで、腕に覚えとは内側を信頼することです。このゲームでは、内側を頼るほうが深いところまでいけますよ」

 「切り札は?」とわたし。

 「ダイヤモンドが切り札です」とパートナー。

 手の中のカードを眺めたわたしは、彼にこう告げた。「クラブばっかりですよ」

 かれは笑いだした。またたくまに若者のように見えた。「クラブもまた強いカードですよ」とかれ。「黒札をばかにしないでください。もっとクラブだらけの状態で見事な勝利を収めたゲームもあるのですから」

 わたしはカードをよく調べてみた。すこし奇妙な点が見つかった。スートは四つ、ダイヤ、ハート、クラブにスペード。だが絵札がこれまでのどんなカードとも違っていた。クラブのクイーンは眺めるたびに顔が違う。まず皇帝冠をかぶる黒髪、続いて英国風の王冠をかぶる金髪のクイーンとなり、衣装も変わる。ハートのクイーンもまた、風変わりな農婦のガウンに身を包んだ茶髪という姿から、灯火にきらめく魚鱗鎧に変化する。他のカードもまた、普通の数札までが生きているかのようだった。カードの模様のなかで映像が動いている。わたしの手のなかでクラブはスペードよりも強い数札となっていた。ダイヤの絵札は持っていなかったが、エースがあった。それがものすごく輝くので直視できないほどだった。クラブとハートのクイーン以外に絵札はなかったと思う。赤い札もほとんどなかった。スペードに少し高い数字の札があるだけだった。カードを配るのはいつもわたしの背後に座る人物だった。わたしはパートナーに言った。

 「毎回こうもひどいカードを配られたら、運も腕もあったものじゃない。勝負になりませんよ」

 「それはあなたのせいですよ」とかれ。「手持ちのカードで最善を尽くしなさい。そうすれば次にもっといいカードが来るんです」

 「なぜそういえます?」とわたし。

 「なぜなら、各ゲーム終了後、あなたがとったトリックはディーラーが持つカードの一番下に加えられ、テーブル上から取ったオナーが手に入るからですよ。うまくプレイして取れるものはすべて取りなさい。ただしもっと頭を使わなければいけない。あなたは運に頼りすぎですよ。ディーラーを責めてはいけません。かれには見えないんですから」

 「このゲームは負けでしょう」とわたしはパートナーに言った。対戦相手の二人がすべてのカードをさらっていくように思われたからだ。そしてリードがわたしに回ってくることはまったくなかった。

 「カードを出す前に点数を数えないからですよ」とパートナー。「向こうが高い数字で来るなら、より高い数字で迎え撃たなければ」

 「でも切り札はすべて向こう側にあるんですよ」とわたし。

 「それはちがう」とかれが答えた。「あなたの手のなかに最高の切り札があるじゃないですか。最初にして最後のものが。それで相手のカードをすべて総取りできる。一連のなかで最高のものだから。しかしあなたはスペードも持っている。しかも高い数の札を」(かれはわたしの手の内を知っているようだった)。

 「ダイヤはスペードより強いです」とわたし。「それにわたしのカードはほとんどすべて黒いカードなんです。おまけにわたしは計算が苦手です、あまりに頭を使いますから。こちらにきてわたしのかわりにプレイしていただけませんか?」

 かれは首を振った。きっと笑っていたと思う。「それはできませんよ」とかれ。「ゲームのルールに違反します。自分でプレイしなければ。よく考えなさい」。

 かれは最後の言葉をずいぶんと強調しながら発した。しかもイントネーションがあまりに奇妙だったので夢の残りの部分が切り離された。これ以上は覚えていない。しかしわたしは「よく考えた」。これは寓話、カルマの寓話だったのだ。

 --from Anna Kingsford's Dreams and Dream Stories (Redway, London, 1888).

2008年8月 1日 (金)

暑中お見舞い申し上げます

Penguin_102

2008年1月26日 (土)

ベリーのパラドックス(ベリーの逆説)

19文字以内で記述できない最小の自然数を求める。
するとその数は、「19文字以内で記述できない最小の自然数」
という19文字で表現が可能であり、
19文字以内で記述できない最小の自然数という定義に合致しない。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
自然数に対して、25字以内で名前をつける。(定義する)
たとえば、自然数7は
①「5より大きい最小の素数」
②「3+4の和」

①②いずれにせよ25文字以内で定義できた。
つまり7は「25文字以内で定義できる自然数」である。

では、25文字以内で定義できない最小の自然数を考えよう。
極めて大きな数字や複雑な数字であれば、25文字以内で
定義できない数は確かに存在する。その最小の数も存在する。

その数字をnとしたとき、
①25文字以内で定義できない最小の自然数
②nは25文字以内で定義できない。
この②の文章は数えてみると、16文字。余裕で定義できた。

10008854054

2007年2月18日 (日)

数字の意味

数字が時には文字的に、時には象徴的に使われています。その意味を調べてみると、どのような意味が含まれているのか。

「1」と言う数字は絶大数字です。

これは唯一の真を示す数字です。唯一神と言う表現はただ一人の救い主であり、創造主であるという意味です。

「2」と言う数字は証人の数字です。

黙示録11:3節には二人の証人が登場します。この「二人」とは単に数字の2をさしているだけではありません。これは終わりの時、主の福音を証する多くの聖徒たちをも意味します。それは、二人の証人が殺され、さらされた死体を見る時にはギリシャ語の「プトマ」という言葉を使っています。「プトマ」は単数を表しているのに対し、二人の証人に使われている言葉は複数を表す語句が用いられています。つまり「二人の...」という単語が一人または二人を指すのではなく、一つの集団を指していることを推測することができます。

「どんな不正であれ、どんなとがであれ、すべて人の犯す罪は、ただひとりの証人によって定めてはならない。ふたりの証人の証言により、または三人の証人の証言によって、その事を定めなければならない。」-申命記19:15- 

「3」と言う数字は三位一体の数字、天の数字です。

「父なる神、御子なる神、聖霊なる神」の三位一体のご性質が現わさているのを知る事ができます。この三位同位格である神様のご性質を表す数字である3が天を示す数字であるといえます。

「4」と言う数字は地の数字です。

地は東西南北、四方によって成り立っています。黙示録4:6節に「四つの生物」が登場します。黙示録7:1節には、「地の四すみ」、「地の四方の風」が出てきます。

「5」と言う数字は苦難を表す数字です。

蝗には「五か月のあいだ人間をそこなう力がある。」と言われています。五体五感五対。「ベテスダ」と言う池にも五つのそこには五つの 廊があったと言われています。そこにはこの世で多くの苦しみを受けて、病にかかった多くの患者たちがいると言われています。

「6」と言う数字は獣の数字、肉の数字、悪魔の数字を意味します。

「ここに、知惠が必要である。思慮のある者は、獣の數字を解くがよい。その數字とは、人間をさすものである。そして、その數字は六百六十六である。」と言われています。ここで666は獣の数字です。神様は創世記1章で、六日目に人を創造されました。しかし六日目に創造された人間が堕落して獣のようになりました。したがって「6」とは堕落の数字、悪魔の数字であるといわれる。

7」と言う数字は完全を意味します。

黙示録2:1~3節を見ると神様が六日間、天と地と万物を創造され七日には休まれました。神様は終わりの時に聖霊の完全な御わざを起こします。これを黙示録では「七つの霊」という表現をしています(黙示録1:4、黙4:5、黙示録5:6)

「8」と言う数字は新しい命の数字、新しい創造の数字です.

「8」と言う数字は新しい命の数字です。旧約時代には子供が生まれた後、八日目に割礼を行いました。新しい被造物に創りかえられることを意味します。ですから「8」と言う数字は新しい創造の数字であると言えます。八方位。

「9」と言う数字は聖霊の実の数字、賜物の数字です。

ガラテヤ5:22~23節には聖霊の実が記されています。その聖霊の実は九つです。また、第一コリント12:4~11節にも、聖霊の賜物について記され、その賜物は九つです。

「10」と言う数字は地の充満を意味する数字です。

黙示録12:3節を見ると大きな赤い龍が記されてあります。しかし、その赤い龍の頭が七つであって、角は十あります。ここで「10」と言う数字はこの地で満たされることを意味します。

「12」と言う数字は教会組織の数字です。

黙示録には12と言う数字をよく見つけることができます。黙示録12:1節には太陽を着た女が12の星の付いた冠をかぶっています。黙示録21:12節には、新しいエルサレムに12の門があり、12の天使があり、12部族の名前が書かれています。

黙示録21:21節には12の門は12の真珠であり、黙示録の22:2節には、新しいエルサレムは川の両川に命の木があって12種の実を結ばせてあると記されてある。

「12」の数字は天の数字(聖父、聖なる御子、聖霊)と地の数字(東西南北)をかけると12の数字になります。ですから12と言う数字は天と地が合わさった完全な教会組織の数字であると考えられます。

1.その後、わたしが見ていると、見よ、開いた門が天にあった。そして、さきにラッパのような声でわたしに呼びかけるのを聞いた初めの声が、「ここに上ってきなさい。そうしたら、これから後に起るべきことを、見せてあげよう」と言った。

2. すると、たちまち、わたしは御霊に感じた。見よ、御座が天に設けられており、その御座にいますかたがあった。

3.その座にいますかたは、碧玉や赤めのうのように見え、また、御座のまわりには、綠玉のように見えるにじが現れていた。

4.また、御座のまわりには二十四の座があって、二十四人の長老が白い衣を身にまとい、頭に金の冠をかぶって、それらの座についていた。

5.御座からは、いなずまと、もろもろの声と、雷鳴とが、發していた。また、七つのともし火が、御座の前で燃えていた。これらは、神の七つの霊である。          黙示録4:1~5

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

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  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。