2024年4月11日 (木)

『2024年本屋大賞』の大賞発表

全国の書店員が「今いちばん売りたい本」を決める『2024年本屋大賞』の大賞作品が10日に発表された。

『成瀬は天下を取りにいく』(著者:宮島未奈 新潮社)が大賞に選ばれる。デビュー作品で都内で行われた授賞式に参加した宮島氏は「滋賀のみなさん、見ていますかー!?」と興奮しながら、物語内容にちなみ「本屋大賞は(小説家にとって)M-1だと思っているので、これから本屋大賞作家としての看板を背負っていきいます」と喜びと責任を感じていた。


https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240410/k10014417761000.html


■2024年ノミネート作品 最終順位
1
位:『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈(新潮社)
2
位:『水車小屋のネネ』津村記久子(毎日新聞出版)
3
位:『存在のすべてを』塩田武士(朝日新聞出版)
4
位:『スピノザの診察室』夏川草介(水鈴社)
5
位:『レーエンデ国物語』多崎礼(講談社)
6
位:『黄色い家』川上未映子(中央公論新社)
7
位:『リカバリー・カバヒコ』青山美智子(光文社)
8
位:『星を編む』凪良ゆう(講談社)
9
位:『放課後ミステリクラブ 1金魚の泳ぐプール事件』知念実希人(ライツ社)
10
位:『君が手にするはずだった黄金について』小川哲(新潮社)


歴代大賞作品(書名、著者、出版社※敬称略)
1回:『博士の愛した数式』小川洋子(新潮社)


2回:『夜のピクニック』恩田陸(新潮社)
3回:『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』リリー・フランキー(扶桑社)
4回:『一瞬の風になれ』佐藤多佳子(講談社)
5回:『ゴールデンスランバー』伊坂幸太郎(新潮社)
6回:『告白』湊かなえ(双葉社)
7回:『天地明察』冲方丁(角川書店)
8回:『謎解きはディナーのあとで』東川篤哉(小学館)
9回:『舟を編む』三浦しをん(光文社)
10回:『海賊とよばれた男』百田尚樹(講談社)
11回:『村上海賊の娘』和田竜(新潮社)
12回:『鹿の王』上橋菜穂子(KADOKAWA 角川書店)
13回:『羊と鋼の森』宮下奈都(文藝春秋)
14回:『蜜蜂と遠雷』恩田陸(幻冬舎)
15回:『かがみの孤城』辻村深月(ポプラ社)


16回:『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ(文藝春秋)
17回:『流浪の月』凪良ゆう(東京創元社)
18回:『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ(中央公論新社)
19回:『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬(早川書房)
20回:『汝、星のごとく』凪良ゆう(講談社)

2024年4月 5日 (金)

世界でいちばん“お酒”を飲む国は?

5位・・・アゼルバイジャン14.39 kg

4位・・・ベラルーシ  14.51 kg

3位・・・チェコ    16.19 kg

2位・・・キューバ   16.86 kg

1位・・・エストニア  20.41 kg


世界でいちばんお酒を飲む国は?

3位チェコ、2位キューバ、圧倒的一位だったのは

https://l.smartnews.com/ZBTKb


日本の順位は30位で、国民一人あたりの年間消費量は56.1リットル。これは1日あたりに換算すると、わずか150ml程度しかない。

「日本人=お酒嫌いが多い」というわけではなく、日本人は基本的にお酒が大好きな人種。

ほぼ毎日飲む頻度が最も多く、全体の約3割。さらに週に34回程度との回答が約14%を占めている。つまり5割近い人が、週の半分以上でお酒を飲んでいる。

大酒飲みアルコールに強いアイルランドより、国民一人あたりのお酒を飲む「頻度」は多い。遺伝子的に海外の人よりお酒の弱い人種。お酒は好きだが量はあまり飲めない、手軽にお酒を楽しめるのが日本人の特徴。

2024年3月20日 (水)

ジブリ展、人気上昇で予約券2.7万枚に 20日から横須賀美術館

子どもから大人まで楽しめるジブリの世界 https://l.smartnews.com/zXiXq


「鈴木敏夫とジブリ展」は、世界を代表する数々のアニメーション映画を手掛けてきたスタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫氏が、幼少期から現在までに出会った書籍や映画作品の展示をはじめ、スタジオジブリの誕生秘話、映画の企画・宣伝の裏側などを紹介します。会場には湯婆婆と銭婆の恋愛・開運おみくじや、鈴木氏が描いたジブリ作品の「名セリフ」を巨大オブジェにした「吊り文字」など多数のフォトスポットを用意。

https://suzukitoshio-ghibli-yokosuka.com/

・みどころ1:鈴木敏夫の本棚

鈴木氏の隠れ家である「れんが家」をモチーフにした空間の真ん中では、カオナシが静かに読書をしている。約8800冊ある書籍のなかには実際に閲覧できるものもあり、鈴木氏のコメントと共に楽しめる。


・みどころ2:鈴木敏夫の映画

福岡展から新設された映画コーナーには、約1万作品が並んでいる。過去の名作から隠れた1本まで、鈴木氏のコレクションと映画の歴史も学べる。


・みどころ3:ジブリの世界を感じられる空間
3mになる巨大な湯婆婆&銭婆の口に手を入れて引くおみくじや、トトロ達がお出迎えしてくれるコーナーなど、ジブリの世界観が楽しめるコーナーも必見。

81e5ebe5dea04e0e81e592d426a2631e

ジブリパークもありますね。

2024年3月13日 (水)

民間ロケット打ち上げは爆発

宇宙ベンチャー「スペースワン」(東京都)は13日午前11時過ぎ、和歌山県串本町の民間ロケット発射場「スペースポート紀伊」から人工衛星を搭載した小型ロケット初号機を発射したが、直後に爆発、炎上して衛星の軌道投入に失敗した。民間単独での人工衛星の打ち上げは国内で初めてだったが、最初の挑戦で成功はならなかった。

打ち上げたのは独自開発した固体燃料式のロケット「カイロス」(全長約18メートル)。情報収集衛星の代替機能を持つ内閣官房の小型衛星を、地上から約500キロの地球周回軌道に投入する予定だった。今月9日に打ち上げ予定だったが、海上の警戒区域に船が進入していたため、直前に作業を中止、この日に延期していた。


カイロスは13日午前111分、発射から数秒後に爆発し、バラバラになった破片が落下して炎上。山林で囲まれた発射場の一帯に煙が充満した。スペースワンは「飛行中断措置が行われた」としている。和歌山県警や消防によると、周辺でけが人や民家などへの被害は確認されていない。


同社は既に3号機まで受注しているが、今回の打ち上げ失敗で2号機以降への影響が懸念される。

スペースワンはキヤノン電子やIHIエアロスペースなどが出資して2018年に設立。世界的に小型衛星の打ち上げ需要が高まっていることから、低コストな「宇宙宅配便」をキャッチフレーズに、海外からも受注して20年代に年間20機、30年代には30機を打ち上げる計画を立てている。


日本の宇宙への輸送は現状、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を主導したロケット「H2A」、「H3」、「イプシロン」が担っている。民間単独では「インターステラテクノロジズ」(北海道)の小型ロケットがあるが、人工衛星の打ち上げには至っていない。

Yahoo!ニュース】

2024年3月12日 (火)

清瀬「コーヒーハウス るぽ」が今年3月いっぱいで閉店

ドラマ「相棒』にも登場した喫茶店。

「るぽ」は1988年にオープンしたカフェです。

洋館のような佇まい、やわらかい日差しが入り込む店内の雰囲気は温かい。コーヒーもうまい喫茶店グルメのお手本のような料理の数々も抜群に美味しくい。西東京にいた頃は「るぽ」に行ってみたかった。

https://getnews.jp/archives/3512229

2024年3月11日 (月)

失われた何千もの命、地震と津波の後遺症に苦しむ全ての人々

【ワシントン共同】米議会の対日友好議員連盟「ジャパン・コーカス」の共同議長カストロ下院議員(民主党)とスミス下院議員(共和党)は10日までに、11日で発生から13年の東日本大震災に関し「失われた何千もの命、地震と津波の後遺症に苦しむ全ての人々のために私たちの心は痛み続けている」とし、被災地に思いをはせた。

 共同通信の取材に「13年前、想像を絶する悲劇が米国の最も親密な同盟国であり友人でもある日本を襲った」と振り返り「日本の人々は信じられないほどの回復力を示してきた」と復興を称賛。「日米両国は引き続き協力して重要なインフラを強化し、逆境に立ち向かう」とした。

【共同通信】

<東日本大震災13年> 能登に届け 東北・福島だから伝えられる思い

13年前。激しい揺れに襲われ、どす黒い津波が何もかもさらっていった。生業(なりわい)を失い、大切な人を亡くした。寒空の下、不自由な日々を送った。痛み、悲しみ、苦しみ、やり場のない怒り、そして、生きることの大切さ、喜び。経験してきたからこそ、いま、元日の地震に見舞われた彼の地に伝えたい思いがある。


東日本大震災の被災地・福島から、届け、能登へ。

【産経新聞】

2024年3月10日 (日)

TARAKOさん追悼「ちびまる子ちゃん」トレンド1位「姉ちゃんの声」「キートン山田さん」も

フジテレビ系アニメ「ちびまる子ちゃん」が10日放送され、主人公「まる子」の声を務めていたTARAKOさんが死去したことを受け、哀悼の意を表するテロップがオープニング前に表示された。

桜の木が並ぶ絵をバックに「1990年の放送開始から34年以上にわたりまる子役の声優を務めていただいたTARAKOさんが逝去されました。天真らんまんで、みんなに愛される『まる子』を大切に演じてくださったTARAKOさんのご冥福を心からお祈りいたします。長い間、本当にありがとうございました キャスト・スタッフ一同」メッセージが表示された。

メッセージが流れた後に、Egirlsバージョンの「おどるポンポコリン」が流れ、1545日に放送された「おばあちゃんの誕生日」の巻が放送された。

15年の放送当時、まる子のお姉ちゃんこと、さくらさきこの声優は16年に亡くなった水谷優子さん、ナレーションは2021年に引退したキートン山田さんが担当していた。X(旧ツイッター)では「#ちびまる子ちゃん」のトレンド1位に始まり「姉ちゃんの声」「水谷優子さん」「キートン山田さん」などがランクインした。「姉ちゃんの声もキートンさんも懐かしいわ!!私は非常に悲しい」「あっちびまる子ちゃんの姉ちゃんの声も初期か!懐かしい」「TARAKOさんが亡くなられて水谷優子さんやキートン山田さんの名前があがってるけど、富山敬さんと青野武さんの名前も思い出してほしいと思う」「見てたら目から桜が この後も再放送で水谷さんとTARAKOさんとキートン山田さんを聞きたい 2代目まる子に慣れるかどうかなんだよね」などと書き込まれていた。

【日刊スポーツ】より

きっかけは「声がそっくり」だったこと…「ちびまる子ちゃん」と声優TARAKOの30年

──TARAKOさんが『ちびまる子ちゃん』のまる子役に抜擢されたのは、声優デビューから9年目の1990年。それからまる子とは30年以上の付き合いだと思いますが、あらためて、まる子役に抜擢されたときのことを教えていただけますか。


TARAKOさん(以下、TARAKO) それまで私、ずっとオーディションに落ちまくってたんです。『ちびまる子ちゃん』も受かると思って受けてなかったんで、決まったときは私も驚いたし、それ以上に事務所の人がびっくりしてました。マネージャーが深刻な顔で「いい? ちゃんと聞いて」って言うからなにかと思ったら、「受かりました」って。素に近い感じで喋ったら、結果的にそれがももこちゃんにそっくりだったみたいで、ももこちゃん本人が選んでくれたんです。

──TARAKOさんが最初にさくらさんにお会いしたのは、いつだったんでしょうか?

TARAKO たしかアニメの初回のアフレコにはいらっしゃったのかな。私のなかで印象に残ってるのはそのあとの食事会ですね。中華料理屋さんにスタッフみんな集まってお話ししたんですけど、ももこちゃんは、あんなシュールな話を描く方には全然見えなかった。ちっちゃくって、当時の旦那さんの隣でずっとニコニコしてました。かわいかったです。……うん、本当にかわいかった。ももこちゃんって、「あたしゃびっくりしたよ」って本当に言うんですよ。私も生で聞いたとき感動して、これがあの「あたしゃ」かって思いました。

──それ以来、さくらさんとは頻繁に交流されていたんですか。

TARAKO おうちに呼んでいただいたり、ごはんもご一緒することは何回かあったけど、ふたりで会うってことはなかったです。ももこちゃんの周りの人はみんなももこちゃんと話したがりますから、私は見てるほうがうれしかったのかなあ。私たちが喋ってると、周りに「どっちが喋ってるのかわからない」って言われました。ももこちゃんと話した内容ってじつは全然覚えてないんです。話せるってことに舞い上がっちゃってたんでしょうね。


──いまや国民的アニメの『ちびまる子ちゃん』ですが、作品の人気が出はじめたのっていつごろからだったんでしょうか。

TARAKO 始まって45ヶ月経ってからだったかな。いまだから言えるんですけど、当初はスタッフの間でも「たぶんワンクールで終わるよね」なんて囁かれてたんですよ。私も最初はこんな変な絵の……いや、そんなこと言ったら失礼なんですけど(笑)、平面的な絵の漫画がよくアニメになったなあって思ってました。

 浅野ゆう子さんが、ドラマのなかで『おどるポンポコリン』を口ずさんだのがヒットのきっかけって説があるんですけど、どうなのかな。夏には人気に火がついて、私も「まる子」役ってだけで、声以外のお仕事がワーッと増えちゃったんです。バラエティのほかにも、ドラマとか映画まで出させていただいて……当時、宜保愛子さんにまでお会いしたりしたんです(笑)。まさか声優やってて霊能者の方に会うと思わないじゃないですか。


――一気に大スターになられたんですね。

TARAKO すごかったです、当時。休みがないのは当たり前で、ひどいときは点滴打ちながら仕事したりして……だんだん、家に帰ると自分が自分じゃないみたいで、ボーッとしたまま眠るっていうのが何ヶ月も続きましたね。1990年と91年は、私にとっては別世界。記憶にない年です。目の前にとんねるずさんとか宮沢りえさんとか大スターがボコンボコンいて、私、ただの声優ですよってずっと思ってました。うちなんてびんぼう事務所でしたから、みんなもパニックだったと思いますよ。衣装担当がいないのに着回す服が足りなくなっちゃって、社長の奥様がテレビ用のお洋服を縫ってくれたりしたこともあります。

──凄まじい……。でも、「まる子」役という以上に、TARAKOさんご自身のキャラクターで人気が出たのでは?

TARAKO うーん……たぶんみんな、「この人、普段からまる子の声なんだ」っていうのがおもしろかったんじゃないかな。当時って実際、ふつうに喋ってるときの声がまる子の声だったんですよ。いま振り返ると無意識につくってたのかなって思います、周りが求めるキャラクターを。


──正直に言うと、いまこうしてTARAKOさんとお話しさせてもらっていても、「まる子の声」に聞こえています……。当時はもっと、声をつくっているという感覚だったんですか。

TARAKO アハハハ! ほんとですか(笑)。アニメをずっと見てくださってる方はそう感じるのかもしれないですね。自分からすると当時の声はもっと甘ったるくて、とろっとろしてて。昔の動画を見ると、すごい恥ずかしくなります。

──声優としてデビューしてからしばらくは、ご自分の声があまり好きじゃなかったそうですね。

TARAKO そう、大っ嫌いでしたずっと。それがまる子役に受かってから、まあ悪くはないのかなってちょっとずつ思えるようになってきたんです。アニメで『ちびまる子ちゃん』を知った方からもですし、原作ファンの方からも「まるちゃんだ」って言っていただけたことに本当に救われました。それまではずっと主役は張れない声だって言われてて、田中真弓さんとか高山みなみちゃんみたいな声に憧れてましたから。まる子は救世主でしたね。


──ただそこまで多忙を極めたり「まるちゃん」としてのTARAKOばかり求められると、反対に悩まれることもあったのでは、と思うのですが。

TARAKO 最初はありましたね。TARAKO=まる子と思われて、自分というよりももこちゃんに申し訳なかった。しかも、アニメのまるちゃんってじつはいまが2期目で、1期目は1992年に一旦終わってるんですけど、そのタイミングで一気に仕事がなくなっちゃって。当時は、もしまるちゃんっていう存在がこの世からいなくなったら私も終わりなのかなとか考えて、けっこう落ち込みました。でも、途中から「まる子が人生救ってくれたんだし、そんなふうに思うの失礼だ」って思うようになって。それからですね、楽になったのは。

 あと、まるちゃんがあれだけヒットしたおかげで、逆に「まる子じゃない声でお願いします」ってオファーを頂くことも増えた。まるちゃんを求められることも、そうじゃない声を求められることも出てきて、いまはどっちもうれしいと思えますね。最近はもう「つくろう」とか思わずに、できるだけ素のまんまでやろうって心がけてます。いまってコロナの影響でスタジオに入れる人数が限られているので、声優は前もって個別に脚本とDVDを頂いて、それをチェックした上で本番という流れなんですけど、私はホンもDVDも絶対もらわないようにしてるんです。


──えっ、じゃあ、演じるタイミングになるまでその日のストーリーは知らないんですか?

TARAKO そうなんですよ。収録のテストで初めて読んで、そのまま本番です。先に読むと自分が「つくって」きちゃうから、嫌なんですよね。もちろん原作のお話はなんとなく覚えてますけど、アニメオリジナルのお話は、「え~っ、こんな終わり方するんだ」ってやりながら驚いてます。他の声優さんに言うとおかしいって言われますけどね(笑)。「いきなりやって、口パクにうまく声合わせられるの?」って聞かれるんですけど、「まる子だったらたぶんこのへんで言い終わるな」ってわかるんですよ、30年やってると。

個人的には「まる子 子ねこをひろう」っていう回がすごく好き

──30年選手のTARAKOさんならではのエピソードですね……。これまでまる子を演じられてきたなかで、特に印象に残っているお話ってありますか。

TARAKO 映画だったら、『わたしの好きな歌』かなあ。お話もですけど音楽とかアングルもいちいち格好よくて、ももこちゃん色が思いきり出ていて、大好きです。アニメは、たっくさんあるんですけど、個人的には『まる子 子ねこをひろう』っていう回がすごく好きで、あのお話には泣く演技を教えてもらいました。『たまちゃん大好き』とか『まるちゃん 南の島へ行く』も好きだなあ。あと、まるちゃんが野良犬に追っかけられて、それをお姉ちゃんが追い払ってくれるお話があるんですけど、それはお姉ちゃん役の水谷優子ちゃんの芝居が大好きで……ああ、まる子のこと語り出すとキリなくなっちゃう。


──いまお名前が出た水谷さんのほかにも、初代の友蔵役の富山敬さん、2代目の青野武さん、最近ではナレーションのキートン山田さんもそうですが、30年の間にキャストさんの交代も何度かありました。いまは、放送開始当初の『ちびまる子ちゃん』に馴染みのないスタッフさんもいるのではないかと思いますが、アニメの作風や現場に変化は感じますか。

TARAKO 声優さんもそうですし、監督さんや編集さんもこれまで何度か変わってきたんですけど、音響監督さんがずっと同じ方なんですよ。その方がまる子のことをよくわかっていて、一貫した作品の世界を作ってくださっています。だからその方の判断にすべてお任せしてるんですが、ももこちゃんが書いていないお話の場合、あんまりまる子っぽくないなって思うことは、はっきり言っていっぱいあります。でもそれは絶対否定しないようにしてるんです。長く続いているからこそ頑固になっちゃいけないと思っていて、「こういうまる子もあるよね」って私たちのほうから歩み寄らなきゃって。

──さくらさんの『ちびまる子ちゃん』とアニメ版はまたすこし別の作品、という感覚ですか?

TARAKO そうですね、別物。原作ってすっごくシュールじゃないですか。ももこちゃんが描いていた『ちびしかくちゃん』とかも、本当にひねくれてる。ももこちゃんは本来、そういうのがチャーミングなんだよっていうのを伝えたかったんじゃないかと思うんですよ。いい子、やさしい子、美しい子じゃなくても、こういう子もかわいくておもしろいんだよっていうのを知っていた方だと思う。


 だから脚本がどんなふうに変わっていっても、それに柔軟に合わせていきたいけど、ももこちゃんのその「色」だけは役者が持ち続けてないといけないって思ってます。役者が思いを持っていれば、台詞は一言一句変えなくても、役に宿る心は変えられるので。それだけはいつも心がけてます。こんなに長く続いているのも、収録に行けば変わらずみんなに会えることも、本当に幸せな作品。『ちびまる子ちゃん』はホームですね、やっぱり。

「やっといま、ももこちゃんに触れられたような気がする」

──最近では、オーディオブック化されたさくらさんの初期エッセイ『もものかんづめ』の朗読も手がけられました。TARAKOさんはさくらさんのエッセイって、もともと読まれていたんでしょうか?

TARAKO エッセイのほうはももこちゃんが大人になってからの話もたくさんあるって聞いて、はじめは読めなかったんです。私が演じてるまる子は子どもだから、読むことによって万一、まる子の演技が無意識に変わってしまったら怖いなって。でも、発売から何年経ってもおもしろいって声を聞いてたので、あるとき思いきって読んでみたら、特になにも変わらなかった。取り越し苦労でした(笑)。

──今回、朗読にあたって久しぶりに読んでみていかがでしたか。

TARAKO やっぱりおもしろいですよねえ……。自分で喋りながら噴き出しちゃってNGになることも何度かあって、ももこちゃんって本当すごいなって思いました。『奇跡の水虫治療』とか、絶対笑っちゃいますよね。


──電車で読めないですよね。朗読を聴いているというより、さくらさんに直接喋りかけられているような気分になる作品だなと思います。

TARAKO それはいっちばんうれしいです。もともと私、原稿を「読む」っていう感覚があんまりなくって、「喋る」って思わないと入っていけないんです、役に。感情を乗せずに読んでくださいっていうお仕事がいちばん難しくて。『もものかんづめ』の朗読はいくらでも感情を入れられるから、それが本当に楽しかった。喉さえ許せば1日中やってたいくらいでした。

 本当はももこちゃんともっと交流があったら、お話しするときに「読んだよ、おもしろかったよ」って伝えられたと思うんですけどね。ももこちゃんは忙しくてアフレコもあんまりいらっしゃらなかったし、私も私で舞い上がっちゃってて、ほとんどまともにお話しした記憶がなくて……。だからなんだかやっといま、まる子じゃなくてももこちゃんに触れられたような気がして、それがすごくうれしいんです。

(初出:202171日掲載/年齢・肩書きは当時のまま)


【時事通信】より


TARAKO 

女優、声優、ナレーター、シンガーソングライター、脚本家など幅広いジャンルで活躍。81年、アニメ『うる星やつら』で声優デビュー。90年、『ちびまる子ちゃん』で、主人公のまる子役を務める。ほか、『まじかるタルるートくん』、『甲虫王者ムシキング 森の民の伝説』(チビキング)などに出演。テレビ番組のレギュラーナレーション多数。

ちびまる子ちゃんイメージキャラクター起用のケーズデンキ TARAKOさんを追悼

ケーズデンキの公式サイトは「声優TARAKOさんの訃報に際しまして」というタイトルと共に、「2015年より、ケーズデンキ公式イメージキャラクター『ちびまる子ちゃん』のまる子の声優を務めていただいておりましたTARAKOさんの訃報を悼み、謹んでお悔み申し上げます」とコメント。

そして「ちびまる子ちゃんという愛すべきキャラクターを唯一無二のものとして確立された生前の功績を偲び、心からご冥福をお祈り申し上げます」と追悼しました。

【日本テレビニュース】より

https://l.smartnews.com/HSiix


さくらももこさん原作で「ちびまる子ちゃん」が1986年(昭61)に連載を開始した集英社の漫画雑誌「りぼん」は公式ホームページで追悼文を発表した。「アニメ『ちびまる子ちゃん』にてまる子役を演じてくださっておりました声優・TARAKOさまのご逝去の報に触れ、深い悲しみとともに心より哀悼の意をささげげます。さくらももこ先生の残された大切な作品を、声という形でここまで表現してくださったことに、感謝申し上げます。TARAKOさまの演じてくださるまるちゃんが大好きでした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。集英社りぼん編集部」

【日刊スポーツ】より

より以前の記事一覧

2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

燐寸図案

  • 実用燐寸
    実用燐寸レッテルには様々な図案があります。 ここにはコレクション300種類以上の中から、抜粋して100種類ほど公開する予定。 主に明治、大正、昭和初期時代の燐寸レッテルの図案。

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。

最近のトラックバック

フォト