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燐寸図案

  • 実用燐寸
    実用燐寸レッテルには様々な図案があります。 ここにはコレクション300種類以上の中から、抜粋して100種類ほど公開する予定。 主に明治、大正、昭和初期時代の燐寸レッテルの図案。

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。
フォト

2026年9月 6日 (日)

シュタイナー、高橋巖翻訳 「条件」より


「誰かと出会い、その人の弱点を非難するとき、私は自分で自分の中の高次の認識能力を奪っている。愛をもってその人の長所に心を向けようと努めるとき、私はこの能力を貯える。神秘学徒は常にこの点に留意し、この指針に従うことを忘れてはならない。繰り返し、繰り返し、あらゆる事柄の中の優れた部分に注意を向けること、そして批判的な判断をひかえること、このような態度がどれ程大きな力を与えてくれるか、このことを熟達した神秘学者はすべてよくわきまえている。しかしそれが外的な生活規則に留まっているのでは、何の意味もない。それはわれわれの魂のもっとも内なる部分で有効に働いていなければならない。人間の自己変革は内なる思想生活の深みの中で遂行されなければならない。

まず第一に畏敬の念を思想生活の中に受け容れること、それが神秘学徒の出発点である。」

「世界と人生とについて判断する際に、軽蔑したり裁いたり批判したりしようとする自分の態度の中に何がひそんでいるのか。それに注目しようとする瞬間は常にわれわれを高次の認識へ近づけてくれる。」高橋巖翻訳


「畏敬によって惹起された能力に或る別の種類の感情が結びつくと、この能力はさらに一層活発になる。このことは人間が外界の印象に没頭する代りに、内面生活のいとなみをますます充実させていくことによって得られる。

神秘学徒は外界に対して鈍感になるべきだ、というのではない。常に豊かな内面生活(引用者注: 「豊かな内面生活」に傍点)が、外から印象を受け取る際に、主導権を持ち続けるべきだというのである。

外界との関係を豊かな内容あるものにしようと思うなら、自分の感情や表象を大切に育てなければならない。外界における万象のことごとくが壮麗な神性の輝きに充たされている。しかしこの輝きを体験するには、まず自分の魂の中に神性を見出さねばならない。――だから神秘学徒はひっそりと孤独に自己沈潜する時間を生活の中に確保する必要がある。

このような瞬間には、自己の体験した事柄、外界が開示してくれた事柄の余韻をまったくの孤独の静けさの中で思い出としてひびかせるべきなのである。どの花も、どの動物も、どの行為もこのような沈黙の瞬間には、予期せざる秘密を打ち明ける。神秘学徒は以前とはまったく違った眼で外界の新しい印象を見るようになる。」

高橋巖翻訳


「霊界参入の三段階」より

「宇宙の力は破壊的であり建設的である。外界のすべての事物は生成し死滅する。事物のこの運命、宇宙のこの作用を認識しなければならない。通常の生活のために視界を遮っていたヴェールは取り払われねばならない。一方人間自身もまたこのような力や運命の中に織り込まれている。彼自身の本性の中に破壊と建設の力が共存している。霊視力を得た人間の前に、外なる事物があらわな本性を開示する一方で、彼自身の魂もその本性を隠さずに露呈する。このような自己認識に際して神秘学徒が勇気を失わぬためには、あらかじめ勇気を、いわば過剰に、貯えておく必要がある。そのためにこそ、困難な生活状況の中で不動の内的平静を保持し続ける努力が必要なのである。そして善なる力を信頼すること、それを人生の中で学び取らねばならない。これまでの彼に指針を与えてきたさまざまの動機が彼を導いてくれることはもはやない、と覚悟をきめる必要がある。

さまざまの根拠が一挙に失われる。彼が行ってきた多くのことは虚栄心から発していた。しかし虚栄がどんなに無価値なものか、今彼はあらためて悟らされる。彼は多くのことを貪欲から行ってきた。貪欲がどんなに有害なものか、今彼は理解する。今後の思考と行為のために彼はまったく新しい動機を自分で作り出さねばならない。そのためにこそ勇気と大胆さが必要なのである。

 特に、思想生活のもっとも深い部分にこの勇気と大胆さがなければならない。そして失敗をおそれてはならない。「また失敗してしまった。しかしそれを忘れてしまおう。そして何事もなかったように、新しい試みを始めよう」。――神秘学徒はそう考えることが常にできなければならない。そのようにして、世界の中から汲み取ることのできる力の源泉が枯渇することは決してないという確信に到達するようになる。彼の地上的な部分がどれ程力を失い、弱さを示すようなことになっても、彼は何度でも自分を支え、そして高めてくれる霊的な部分を求めて闘う。」高橋巖翻訳



「訳者の解説とあとがき」より


「表題の遂語訳は「いかにしてより高次の諸世界の諸認識を獲得するか」であるが、「より高次の」というのは「感覚的世界よりも高次」の意味であって、社会道徳的な意味で「より高次」なのではない。本書はいかなる意味でも、社会道徳的により高次の世界を求めてはいない。むしろ社会道徳的には「高い」方向へ上昇するのではなく、「深い」方向へ下降していかなければならない。(中略)オカルティズムにおける上昇衝動と、社会道徳における下降衝動との統一が本書の性格を決定しているのである。先に引用した神秘学の黄金律――「真理へ向って汝の認識を一歩進めようとするなら、同時に善へ向けて汝の性格を三歩進めなければならない」という言葉も、自分だけがより高い、善良な性格によって救われるというのではなく、進んで時代の世界苦の中へ入っていくこと、誤解を恐れずに、シュタイナーと共に語れば、「悪しき同胞と共に悪しき人にさえなりうる能力」(一九一九年二月二一日の講演)を求めて述べられている。」


高橋巖翻訳

2026年8月30日 (日)

美学校は夏休みに絵文字教室でのクラスメイト渡辺和博くんから、三回くらい手紙が来た。

追放された野次馬―思想的変質者の十字路 (現代評論社1972年8月25日発行) 

質の高いアカデミックな月刊誌『現代の眼』があり、大学教授、作家、評論家の内でも権威ある雑誌で「原稿料はいらないから原稿を書かせてくれ」と有名大学教授がいたと

夏休みに絵文字教室でのクラスメイト渡辺和博くんから、三回くらい手紙が来た。

「平凡パンチ7月31号を観たかナ?『反戦バス』ポスター入り記事が載ってました」

美学校のシルクスクリーン教室機材で、印刷技術を覚えたので、チラシ、カード、Tシャツなどにプリントして試した。夏休み前にベ平連からポスターの仕事を取ってきたのだ。

Discover Japanブームに乗って、著名人たちと共にを「反戦バス」を東西方向に行くツアーからの依頼だった。反戦バス企画そのものよりも、渡辺くんが閃いたというポスターのキャプションと画像イメージが凄いと思い、二人で短期間で制作した。渡辺くんは写真専門学校を三年やって、絵も描けるわけでないのに、絵文字教室に来て一番仲良しだった。広島弁を効果的に混ぜて話す内容が面白くて、写真撮影してるだけに彼が観た映画や演劇の話が興味深いものだった。僕はプロの先生から教室ではレタリングを覚えて、高校生の頃からしてたペン画を沢山描いてた頃だった。そんな絵と文字の実技について渡辺くんは最下位で、なんで美学校に来ているのかと多くの生徒や教師に疑問視されてたようだ。 

しかし渡辺くんの放つアイデアや図案発想が、抜群に優れたものであったのも紛れ当たりではない。後々『金魂巻』で《マル貧マル金》を全国的なブームをさけて、稀なる異才ぶりを発揮されている。この発案を眠らせるわけにはならず、勉強中のレタリングをプロモードまで高める。そして乗り乗りのパロディーイラストは一気に美学校の自習時間に完成していった。

写真撮影と現像を本格的にやってた渡辺くんは機材の扱いが上手で、シルクスクリーンの現像にも感覚を活かして、ポスター全判サイズ原版を見事に作成した。教室のある神保町には出版社と紙問屋が多く、日頃から印刷物に相応しい紙を物色してたので、グラデーション入り印刷作業まで快適に進められた。納品した反応は良かったということまで渡辺くんから聞いて、夏休みとなっていた。

美学校に感謝したのは、年齢や学歴による制限もななかったこと。アマチュアだった僕ら学生たちが、半年足らずで図案印刷の仕事を納品できたのだ。普通の美大のように、デッサンなどの実技入試が全くなかったから、出会えた才能ということが大きい。

残念ながら1972年「平凡パンチ」7月31号に掲載された記事を観てもいなければ、反戦ポスターも保存していない。

美術手帖に赤瀬川さんが当時連載してた「資本主義リアリズム講座」が評判となり、僕らに番外篇の担当がまわってきた。東京医科歯科大学の学祭イベント雑誌からの依頼だった。大枠と構成を赤瀬川さんと南伸坊さんがやり、その他の記事をなべぞと僕がアシスタント作業するというものだった。

内容と企画も乗り気じゃないのに、僕は作業を進めてしまうのだが、乗り気じゃないのが全体に溢れてしまった。御茶ノ水にある医科歯科大学には、人体解剖の実技教室まで見学させてもらい、死体解剖に関心ある渡辺くんは番外篇は乗り乗りだった。この差って何だろうと思うが、解らず仕舞いで落ち込んでしまった。原因は後年仕事をしてから、知ることになる自明のことだった。

牛込柳町の交差点にある古い雑貨店。タバコ売り場の奥にある棚の上にある、燐寸の束ごと売れ残って積み上げられたという、蒐集者にとっては伝説化している。「ハマツ、いよいよ牛込柳町へ行くか」「そうだね伝説の真偽を確かめるのに、先者勝ちの燐寸世界だし」

山手線の内側にある下町へ、地下鉄が今のように普及してなかった牛込柳町。

路面電車の停留所が1970年に廃止されて、街全体が時の埃が積もった印象、渡辺くんと二人で期待が高まる一方であった。聞いていた方向の街角に雑貨の店があったので、違いないねと伝説の地へ向かった。気難しい老婆がタバコ売り場にいて、棚の上には燐寸歴史の地層のように、見たことがない図案ラベルがいく種類も積み上げられていた。おまけに下層部には、燐寸箱が経木製のコレクターには涎物が出土する可能性が感じられた。

「あらあ、経木製かもしらんなぁ」燐寸同盟によって、ファーストコンタクトになることを考えて、勇む心を抑えた。

僕らが店にとって怪しい二人組ではない印象を老婆さんに与えて、整理不足の棚から手際良く種類多く買い付ける。上層部にも珍しい燐寸があるのだが、棚を整理して抜き出して、下層部からぼろぼろになっている戦前から終戦直後に売られていた燐寸を何セットか多めに買う交渉を進めるのだった。老婆さんは売れ残りを買いに来た学生を、好意的に受け止めてくれた。貧乏症景色たっぷり雰囲気の棚を、カメラ小僧の渡辺くんに撮影記録してもらいたかったが、両手一杯になる燐寸コレクションを手にしてその場合を去った。

「雑貨店で売っている厚箱の実用マッチなどは、台所の醤油のシミだけが目について、そこにある図柄は網膜には映っても、脳の中枢までには達しなかったのである。したがって雑貨屋にある各種のマッチは、私の頭の中の片隅に「台所用マッチ」として、ひとまとめに放り込まれていた。」(赤瀬川原平「燐寸主義序説」より)

赤瀬川原平、大平健『文学校』(岩波書店)

赤瀬川原平「考現学研究室」『現代人が古代を研究するのは難しいが、現代人が現代を研究するのはもっと難しいことである。それは現代人が現代の中にはまり込んでいるからだ。それはちょうど、自分の中に…』(美学校1983年度募集要項より)

2026年8月 1日 (土)

唯識(ゆいしき)とは

私たちの認識するすべての現象や事物は、心の奥底にある「識」が作り出した幻影にすぎず、心の外に独立して存在する実体はないと説く大乗仏教の重要な哲学の一つです。

唯識の教えは、私たちの心がどのように世界を認識し、なぜ苦しみが生まれるのかを解き明かす非常に論理的な思想です。

1. 心の構造(八識)唯識では、人間の認識や心を8つに分類して捉えます。

五識(眼・耳・鼻・舌・身): 五感による知覚。

意識(第六識): 五感で得た情報をまとめ、思考や判断を行う心。

末那識(まなしき・第七識): 常に自分を中心に考え、執着やエゴを生み出す根本的な心。

阿頼耶識(あらやしき・第八識): 潜在意識(深層心理)のさらに奥にある領域です。

過去のすべての行為や経験を「種子(しゅうじ)」として蓄積し、そこから世界や認識を現出させる、すべての心の根源です。

2. 世界は「表象」である私たちが「外の世界に存在する」と思っているものは、すべてこの「識」が心の中に映し出した像(表象)にすぎないとされます。

例えば、「目の前にあるリンゴ」自体を見ているのではなく、五感を通じて心の中に描き出された「リンゴの映像」を認識しているに過ぎません。

3. なぜ唯識を学ぶのか(転迷開悟)私たちが争いや悩み、迷い(苦しみ)に囚われるのは、心の中に作り出された架空の像を「実体がある」と勘違いし、執着するからです。

唯識では、この仕組みを深く理解して煩悩で汚れた心を清らかな智慧へと転換し(転識得智)、苦しみから解放された悟りの境地に至ることを目的としています。


唯識思想の核

  • 私たちが見ている世界は心の外に実在するのではない。
  • すべては「識(心)」の働きによって現れた幻のようなものであると捉える。
  • 自分の心の仕組みを正しく見つめ直す。
  • 苦しみや執着から離れてよりよく生きるための実践的な教え。 

『唯識三十頌』とは

  • 5世紀のインドの学僧・世親(せしん)が著した根本聖典。
  • 唯識の教えのエッセンスを30の短い詩句(頌)に凝縮している。
  • 玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)が漢訳したテキストが有名。


唯識論とは何かを三島由紀夫に問われた際、松山俊太郎は「あれは気違いにならなければわからない、正気の人にわかるわけがない」と答えた逸話が広く知られています。

これは唯識を否定したわけではなく、「唯識説のよくできているところは、完全に気が狂った状態のロジックを、完全に正気なロジックで説明しきっている点にある」という、松山独特の高度な逆説的賛辞(圧倒的な精緻さへの驚嘆)でした。

『暁の寺』への影響と松山の分析三島はこの講義を熱心に聴き、作品に唯識のロジックを取り入れましたが、松山自身は後に「三島が十全にそれを理解して作品に取り入れたかというと、そうではなかったようだ」と語っています。

松山の分析によれば、三島が唯識論を突き詰めた結果、「過剰な現実の希薄化」が起こり、作品が単に優雅なものから「凄愴(せいそう:凄まじく痛ましい)なもの」へと変貌してしまったと指摘しています。

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2026年7月12日 (日)

NHK朝ドラ「風、薫る」テーマは『差し出せぬ手』である。

主人公の一ノ瀬りんも大家直美も、患者の “死”に直面して何もできなかった自責の念で「助けるって何?」と悩む週だった。

余命短い患者の「家に戻りたい」という懇願に負けて外に連れ出した。だが病院に戻った途端に、急変して亡くなってしまう。

“患者の最期の望みは叶えた”けれど“命は救えなかった”と現実に追い詰められて、日常の看護業務に支障をきたすようになった。

外科・内科看護婦取締を勤める直美は、りんに「看護婦をやめな」と伝えた。「あなたの事情は患者さんには関係ない」。

外科教授・今井益男は「君は医者の判断より、患者の気持ちに従った。医療に携わる者として失格だ。命を助けることを何よりも優先せねばならない」と忠告する。

【風、薫る】次週予告 第15週「差し出せぬ手」7/6(月)~放送| 朝ドラ | NHK

YouTube https://share.google/evT0R45qrwmaTx5L7

患者を看護師として接するのか、友人として接してゆくのか、リんは問われたのだった。

2026年6月30日 (火)

小学生がなりたい職業

1. 第一生命「大人になったらなりたいもの」

第一生命のアンケート調査(2025年発表)では、男子の「会社員」人気や大谷翔平選手らの活躍による野球人気

順位 男の子のなりたい職業(シェア) 女の子のなりたい職業(シェア)

1位 会社員 (10.8%) パティシエ (12.3%)

2位 ユーチューバー/動画投稿者 (9.8%) 会社員 (10.3%)

3位 野球選手 (9.5%) 漫画家/イラストレーター (7.4%)

4位 サッカー選手 (9.1%) 医師 (5.1%)

5位 ゲームクリエイター (5.3%) 歌手/アイドル (4.9%)

2. 日本FP協会「夢をかなえる作文コンクール」

日本FP協会の集計結果(2026年4月発表)では、男子のトップ3が7年連続で固定されている一方、伝統的な職人技である「大工」の復活や女子の「漫画家」の躍進が見られました。

* 男の子のトップ5

    1. サッカー選手・監督など

    2. 野球選手・監督など

    3. 医師

    4. ゲーム制作関連

    5. 会社員・事務員 / ユーチューバー(同率) [1]

* 女の子のトップ5

    1. 保育士

    2. 看護師 / 美容師(同率)

    3. 医師

    4. パティシエ


3. 学研教育総合研究所「小学生白書」

学研の2025年Web調査では、全学年総合で「ネット配信者(YouTuberなど)」が10年連続1位だったパティシエを抜き、初めてトップに立ちました。

* 男の子の人気傾向: 運転士、警察官、ネット配信者、スポーツ選手が上位。高学年になると「会社員」や「エンジニア」がランクイン。

* 女の子の人気傾向: 「パティシエ」が不動の強さを誇るほか、学校の教員、保育士、看護師といった福祉・教育系への関心が高い。 

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2026年5月12日 (火)

「個性」の意味

[個性」には次の意味があります。

・個人または個体・個物に備わった、そのもの特有の性質。個人性。パーソナリティー。(出典:デジタル大辞泉)

各個人の持つそれぞれの性質を意味します。

小説などでの具体的な使い方・例文や類語は下記の通り。

使い方・例文
・地球の中心といふもののやうに單に一あつて二ないものが個性ではない。
(出典:三木清『人生論ノート』)

・もちろん人類にとっても一民族にとっても代表的な貴重な個性である。
(出典:三好十郎『恐怖の季節』)

・それが今云つた通り犯罪には犯人の個性があらわれて来るという所だ。
(出典:浜尾四郎『殺人鬼』)

・歴史学の認識しようとするのは個性でなく、型であるともいわれている。
(出典:三木清『哲学入門』)

・芸術が繁昌するのは芸術家と享受者の間に個性の一致があるからだろう。
(出典:夏目漱石『吾輩は猫である』)

2026年5月 1日 (金)

図書館法 ize

図書館法は、社会教育法の精神に基づき、図書館の設置及び運営に関する必要な事項を定め、国民の教育と文化の発展に寄与することを目的としています。

具体的には、図書館の職員養成制度の確立や公立図書館への財政支援を可能にし、私立図書館の独自性と自主性を尊重する内容が含まれています。

法の全条文は、法令データベースや関連サイトで確認できます。

2025年11月28日 (金)

「尻癖が悪い」について

「尻癖が悪い」とは、文脈によって「大便や小便を漏らす癖」や「浮気をする癖」といった意味、あるいは「お尻の筋肉が衰えてしまっている状態」を指す場合があります。後者の場合、長時間座りっぱなしなどの不良姿勢が原因で、お尻の筋肉が衰え、垂れたり脂肪がつきやすくなったりします。

「尻癖」の意味

「尻」が「癖」に続く場合:

大便・小便を漏らす癖、またはおならをよくする癖を指します。 性的な乱れた癖、浮気をする癖を指すこともあります。

「尻」が「悪い」に続く場合:

お尻の筋肉の状態が悪いことを指し、お尻が垂れたり、大きくなったりしている状態を指します。

姿勢の悪い癖がお尻に与える影響

筋肉の衰えと脂肪の蓄積: 長時間座りっぱなしなど、悪い姿勢が続くと、お尻の筋肉が使われなくなり衰えます。筋肉が衰えると脂肪がつきやすくなり、垂れ尻の原因となります。

骨盤の歪み: 不自然な姿勢は骨盤の歪みを引き起こし、ヒップラインが崩れてしまいます。

血行不良: 悪い姿勢は下半身全体の血行不良を招き、お尻がこる原因にもなります。

改善策

お尻の筋肉を鍛える: スクワットなどの筋力トレーニングや、お尻のストレッチを習慣づけることが効果的です。

姿勢を見直す: 座っているときや立っているときの姿勢に注意し、骨盤が歪まないよう、正しい姿勢を意識することが大切です。

長時間の座りっぱなしを避ける: 定期的に立ち上がって軽いストレッチをするなど、同じ姿勢が続かないように工夫しましょう。

日常生活での工夫: 尻の筋肉を締める体操を取り入れる、長い時間しゃがんだり、便秘でいきまないようにするなどの工夫も有効です。

2025年11月 8日 (土)

"ノーベル物理学賞受賞者が詠んだ「下品すぎる俳句」…朝永振一郎が「奇抜なふるまい」ばかりでも「奇人」として愛されたワケ"

骨折してノーベル賞の授賞式に欠席することになった時の取材で、晴れがましい場が大嫌いだった先生は「堅苦しい授賞式に行かずにすんでよかった。これこそまさにケガの功名」と喜んでいたこと。

朝寝坊の自分を“朝長寝一郎(アサ・ナガ・ネ・イチロウ)”と称していた話。米国プリンストン高等研究所の招待から帰国して記者団に「何をしてきましたか」と質問された際に「虫歯をスッカリ治して来ました」と言って歯を見せ、記者たちを煙に巻いた話。

落語好きで趣味が寄席通いだった朝永先生が、学長をしていた大学の学園祭で、ドイツ語で落語を一席披露して大いに盛り上がった話。

大佛次郎氏との対談で俳句の話になり、俳句に堪能な大佛氏と芸者さんが俳句のウンチクを語り出し、ちょっと他を見下すような雰囲気になった時に、気取り屋が嫌いだった朝永先生は酔った勢いもあって「俳句なんかにうまいも下手もない。私の俳句を聞け。“立ち小便よくぞ男に生まれける”」と詠み上げて、みんなを唖然とさせた話。

現代ビジネス https://l.smartnews.com/m-6xKafApG/Cd0537

2025年10月31日 (金)

釈迦様の弟子に、周利槃陀伽(しゅりはんだか)という十大弟子がいた

『 仏説阿弥陀経』には釈迦様の弟子たちの七番目に、周利槃陀伽(しゅりはんだか)がいて、十大弟子の一人に数えられる。この人はいわゆる勉強のできないどころか、自分の名前も書けない弟子だった。

何を教えられても一つも覚えられないから、周りの人は呆れて、「小路」ではなく「愚路」といってからかった。

それでも父さんは、愚かなシュリハンドクを深く憐れみ、臨終を迎えると兄を呼んで「シュリハンドクを頼む」と弟を託してこの世を去っていった。

ある日、兄さんが急に帰ってこなくなって、
身寄りもなく、家事もできないために、生活に困ってしまう。
やっと生き延びていると、兄さんが悟りを開いて家に帰ってきて、「お前も出家しよう」
という。
シュリハンドクは、お兄さんの言われるままに出家するとお兄さんから、「三業に悪を造らず、生き物を悩ませず、正念に空を観ずれば 無益な苦は離れるべし」を覚えるように言われ何とか覚えようとした。
暗記しようとして毎日この言葉を繰り返しているのを、近くの牧場にいた牛飼いが聞くともなしに聞いて口ずさむ。
やがて3カ月が過ぎて祇園精舎で会合があり、一人一人が知らされたことを発表する。
ところがシュリハンドクの番が回ってくると、この言葉を暗唱することもできず、しどろもどろになってしまった。

その姿を見た兄さんは、これは少し厳しく言って発憤させないと、とても仏道を求めることはできないだろうと思ったを
「お前は本当に愚かだな。一句の法門も覚えられないようでは、お前のような奴は仏道修行の器ではない」と叱責した。


「私は頭が悪いために兄に追い出されてしまいました。もう家にも帰れませんし、ここにもいられません。これからどうしたらいいか分からなくて泣いていたのです」
そんなおり親切な釈迦様は、なだめる。
「悲しむ必要はない。おまえは自分の愚かさを知っている。世の中には、賢いと思っている愚か者が多い。愚かさを知ることは、最もさとりに近いのだ」

やがて釈迦様は一本のほうきと「ちりを払わん、あかを除かん」という言葉を授けられる。

それ以来は掃除をしながら、釈迦様から与えられた言葉を必死に覚えようする。
ところが「ちりを払わん」を覚えると「あかを除かん」を忘れてしまい。
「あかを除かん」を覚えると「ちりを払わん」を忘れた。
それでも掃除三昧を毎日続けた。
自分のいるところをきれいにして、身に付けているものを奇麗にして、心も清まったた。

こうして掃除三昧を20年間続ける。
その間に一度だけ、釈迦様からほめられた。
「おまえは、何年掃除しても上達しないが、上達しないことにくさらず、よく同じことを続ける。
上達することも大切だが、根気よく同じことを続けることは、もっと大事だ。これは他の弟子にみられないすばらしいことだ」

これがレレレのおじさんキャラクター原案となった、インドの出来事であります。

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