2017年10月29日 (日)

宮崎駿さん新作題名「君たちはどう生きるか」に


アニメーション監督の宮崎駿さん(76)は28日、制作中の新作の題名が「君たちはどう生きるか」になると明かした。1937年に吉野源三郎が発表した名著から取った。「その本が主人公にとって大きな意味を持つという話です」と内容にも触れた。「完成には3年か4年かかる」と言う。

吉野源三郎「君たちはどう生きるか」
コペルニクスのように、自分たちの地球が広い宇宙の中の天体の一つとして、その中を動いていると考えるか、それとも、自分たちの地球が宇宙の中心にどっかりと坐りこんでいると考えるか、この二つの考え方というものは、実は、天文学ばかりの事ではない。世の中とか、人生とかを考えるときにも、やっぱり、ついてまわることになるのだ。
— ものの見方について(おじさんのノート)

物語の冒頭、アパートの屋上から行き交う人々の姿を見ながら「分子みたいにちっぽけだ」と呟いたコペルくん。
「目をこらしても見えないような遠くにいる人たちだって 世の中という大きな流れをつくっている一部なんだ もちろん近くにいる人たちも おじさんも僕も」。「人は一人として単体で生きているわけじゃない」というコペルくんの発見が本書全体に沁みとおっており、それを高い位置から俯瞰して眺めたことで発見したというところにおもしろさがある、と糸井重里さんは語る。

吉野 源三郎
1899〜1981【児童文学者】
岩波書店の看板雑誌「世界」の初代編集長。「君たちはどう生きるか」は、今も最良の人生入門書。昭和期の編集者・評論家・児童文学者。東京都出身。東大卒。明治大学講師を経て、1935年(昭和10)新潮社の「日本少国民文庫」の編集主任となった。1937年中学生コペル君の成長物語「君たちはどう生きるか」を少年少女向けに執筆、高い評価を得た。同年岩波書店に入社。第二次大戦後は月刊雑誌「世界」の初代編集長となり、戦後の進歩的社会派論壇をリードした。

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2017年10月28日 (土)

江戸川乱歩「湖畔亭事件」

「湖畔の宿で無聊にかこつ私は、浴室に覗き眼鏡を仕掛け陰鬱な楽しみに耽っていた。或る日レンズ越しに目撃したのは、ギラリと光る短刀、甲に黒筋のある手、背中から赤いものを流してくずれおれる女。夢か現か。たまりかねて同宿の画家にうちあけるが…。警察も匙を投げた世にも不思議な『湖畔の怪事件』。五年間の沈黙を破って、湖水の底に葬られた真相を吐露する手記」

〔以下本書より〕
 湖畔亭は、H山上の有名な湖水の、南側の高台に建てられてありました。細長い建物の北側が直すぐに湖水の絶景に面し、南側は湖畔の小村落を隔へだてて、遙はるかに重畳ちょうじょうの連山を望みます。私の部屋は、湖水に面した北側の一方の端にありました。部屋の前には、露台のような感じの広い縁側えんがわに、一室に二ヶ位の割合で籐椅子とういすが置かれ、そこから旅館の庭の雑木林ぞうきばやしを越して、湖水の全景を眺めることが出来るのです。緑の山々に取囲まれた、静寂せいじゃくなみずうみの景色は、最初の間、どんなに私を楽たのしませた事でしょう。晴はれた日には、附近の連峰が、湖面にさかしまの影を投げて、その上を、小さな帆かけ船が辷すべって行く風情、雨の日には山々の頂を隠して、間近に迫った雲間から、銀色の糸が乱れ、湖面に美しい鳥肌を立たてている有様、それらの寂しく、すがすがしい風物が、混濁こんだくし切った脳髄のうずいを洗い清め、一時は、あの様に私を苦しめた神経衰弱も、すっかり忘れてしまう程でありました。
 しかし、神経衰弱が少しずつよくなるにつれて、私はやっぱり雑沓の子でありました。その寂しい山奥の生活に、やがて耐え難くなって来たのです。湖畔亭は、その名の示す如ごとく、遊覧客の旅館であると同時に、附近の町や村から、日帰りで遊びに来る人々のためには、料亭をも兼かねているのでした。そして、客の望みによっては、程近き麓ふもとの町から、売女ばいじょの類を招いて、周囲の風物にふさわしからぬ、馬鹿騒ぎを演じることも出来るのです。淋しいままに、私は二三度、そんな遊びもやって見ました。しかし、その様ななまぬるい刺戟しげきが、どうして私を満足させてくれましょう。又しても山、又してもみずうみ、多くの日は、ヒッソリと静まり返った旅館の部屋部屋、そして時たま聞えるものは、田舎芸妓げいぎの調子はずれの三味線しゃみせんの音ばかりです。しかしながら、そうかといって、都の家に帰ったところで、何の面白い事がある訳でなく、それに、予定の滞在日数は、まだまだ先が長いのでした。そこで困こうじはてた私は、先にも一寸ちょっと書いた様に、例の覗き眼鏡の遊戯を、ふと思いうかべることになったのです。

 私がそれを考えついた、一つの動機は、私の部屋が好都合な位置にあったことでありました。部屋は二階の隅っこにあって、そこの一方の丸窓を開あけると、すぐ目の下に、湖畔亭の立派な湯殿ゆどのの屋根が見えるのです。私は、これまで覗き眼鏡の仕掛によって、種々様々の場面を覗いて来ましたが、さすがに浴場だけは、まだ知りませんでした。従って、私の好奇心は烈はげしく動いたのであります。といって私は何も裸女沐浴もくよくの図が見たかった訳ではありません。そんなものは、少し山奥の温泉場へでも行けば、いや都会の真中でさえも、ある種の場所では、自由に見ることが出来ます。それに、この湖畔亭の湯殿とても、別段男湯女湯の区別など、設けてはなかったのです。

 私の見たいと思ったのは、周囲に誰もいない時の、鏡の前の裸女でありました。或あるいは裸男でありました。我々は日常銭湯などで、裸体の人間を見なれておりますが、それはすべて他人のいる前の裸体です。彼らは我々の目の前に、一糸いっしも纒まとわぬ、赤裸々せきららの姿を見せてはいますけれど、まだ羞恥しゅうちの着物までは、脱ぎすてていないのです。それは人目を意識した、不自然な姿に過ぎないのです。私はこれまでの覗き眼鏡の経験によって、人間というものは、周囲に他人のいる時と、たった一人切りの時と、どれほど甚だしく、違って見えるものだかということを、熟知していました。人前では、さも利口そうに緊張している表情が、一人切りになると、まるで弛緩しかんしてしまって、恐しいほど相好そうごうの変るものです。ある人は、生きた人間と死人ほどの、甚だしい相違を現します。表情ばかりではありません。姿勢にしろ、いろいろな仕草しぐさにしろ、すべて変ってしまいます。私は嘗かつて、他人の前では非常な楽天家で、寧むしろ狂的にまで快活な人が、その実は、彼が一人切りでいる時は、正反対の極端に陰気な、厭世家えんせいかであったことを目撃しました。人間には多かれ少かれ、こうした所がある様に思われます。我々が見ている一人の人間は、実は彼の正体の反対のものである場合が屡々しばしばあるものです。この事実から推おして行きますと、裸体の人間を、鏡の前に、たった一人で置いた時、彼が彼自身の裸体を、いかに取扱うかを見るのは、甚だ興味のある事柄ではないでしょうか。

 そういう理由から、私は覗き眼鏡の一端を、浴場の中へではなく、その次つぎの間まになっている、大きな姿見すがたみのある、脱衣場にとりつけようと、決心したものであります。〔本書より〕

青空文庫「湖畔亭事件」江戸川乱歩
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創元推理文庫「湖畔亭事件」巻末解説  橋本直樹
「特に後期の通俗長編執筆時は、同時に何本もの連載を掛け持ちで行なっていた乱歩さんにとっては、さしたる全体のビジョンもなく、出だしのイメージだけで見きり発車的に取り掛かった作品も少なくはなかった。というよりそれがほとんどだったようだ。だからこそ、乱歩さんの連載通俗長編は、常に先のストーリー展開が予想がつかないという危うさと刺激に満ち溢れ、異様な輝きを放っていたといえる。しかし、時にはその危うさが災いして、結果として昭和八年の『悪霊』のように失速して二度と浮かび上がってはこられなかったものすらあるのだけれど」。

「この作品は、連載にあたり苦慮していた乱歩さんに、夫人がそのプロットなど多大なる助言をした作品としても知られている。連載が終盤を迎え、事件の真相がいざ明らかとなる段になって、乱歩さんは連載を何度か休んでおり、事前に真相の準備がなかったことが窺われるが、たたみかけるような解決もテンポよく、持ち味である覗きという異常心理と謎解きが見事に融合した快作である」

浴室での覗き眼鏡ごしに短刀による女性刺殺の目撃という事件発覚の「意外な発端」、浴室に・べっとり残された血痕、人間一人くらいは入る大きなトランクをもった怪しげな「湖畔亭」宿泊客、犯人の手の甲にある黒い傷痕、宿屋の主人の盗まれた財布、贋作紙幣、注射器によって恋人の血を取って自分の血にまぜ合わせる趣向、死体消失の方法、トランクの獣皮を焼く匂いが人の焼ける火葬場の匂い…。

☆乱歩による「湖畔亭事件」についての「自註自解」「大正十五年一月から三月まで『サンデー毎日』に連載したもの。中途で筋に行きつまり、たびたび休載して、当時の編集長・渡辺均さんに大へん迷惑をかけたが、同時に書いていた『苦楽』の『闇に蠢く』は、とうとう中絶してしまった(あとで本にするときに結末をつけた)のに比べて、これはともかくも完結した。しかし、予定よりずっと早く打ち切ったのである。これも『一寸法師』同様、非常に恥ずかしく思っていたのだが、案外評判は悪くなかったようである」

http://www.aozora.gr.jp/cards/001779/files/58039_61573.html

初出「サンデー毎日」大阪毎日新聞社
1926(大正15)年1月3日~5月2日

底本「江戸川乱歩全集 第2巻 パノラマ島綺譚」光文社文庫、光文社
2004年8月20日初版1刷発行

2017年10月11日 (水)

カズオ・イシグロの小説73万5千部増刷

早川書房(東京・千代田)は10日、今年のノーベル文学賞に決まった英国人作家、カズオ・イシグロさん(62)の小説全8作を計約73万5千部増刷することを決めた。累計発行部数は計約171万部になる。授賞決定直後の6日に22万5千部と計画していた増刷部数を大幅に上積みした。全国の書店から注文が殺到しているという。

最新長編「忘れられた巨人」の文庫版は当初19日としていた発売日を、14日に前倒しする。その他の作品の増刷分は、11日以降、順次店頭に並び始める見通し。〔共同通信〕Img_1703


2017年10月10日 (火)

木になる鳥たち

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気になる鳥たちだった。

2017年10月 9日 (月)

セレクション「作家が語る創作論」作家…町田康

NHK第二ラジオ10月09日 午後5時00分~ 午後6時00分 

作家、歌手、俳優など様々な分野で活躍し、どの分野においても独自のスタイルを確立してきた町田康さん。
とりわけ作家活動においては、言葉と戯れるかのような文体、奇想にあふれた物語、そして鋭敏な批評的まなざしで新しい文学表現を切り開いて来た。
今回は、町田さんが近年、特に力を入れて取り組んでいる古典の現代語訳について、どのように古典と向き合っているのか、自身の方法論を語る。
(初回放送6月11日)

http://www4.nhk.or.jp/bunkakouenkai/

2017年10月 8日 (日)

レ・ファニュ『カーミラ』(1872年)

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ブラム・ストーカー『ドラキュラ』にも影響を与えた怪奇小説。レズビアニズム色の濃密な作品でもあり、「百合族」のバイブルともされる『カーミラ』が、平井呈一訳以来の完全版や新訳。昨年いろいろとリリースされる。

【あらすじ】 少女ローラはオーストリアで、父と人里離れた城でしずかに暮らしている。ある日、突然暴走した馬車が城の前にやってきて横転し、中から気絶した美しい少女が運び出される。少女の母は、急ぎの旅の途中だからと、ローラを父に託し、自分たちの素性を探らないよう念を押して去ってゆく。
その日から少女と共に生活するようになったローラは少女に夢中になるが、いくつかの不思議な点があった。寝る時は部屋に鍵をかけ、部屋に他人が居ることを拒絶する。素性は家柄が良いことと名をカーミラということしか明かさない。たびたびローラを愛撫しながら愛を語るが、そのことばは生死に関わる謎めいた内容。起きてくるのは毎日正午過ぎで、食事はチョコレート1杯だけ。賛美歌に異常な嫌悪感を表す。
やがて、城周辺の村で異変が起きるようになる。何人かの女性が相次ぎ死亡し、熱病の流行が噂される。そして、いつしか、ローラ自身も体調の不良を訴えるようになる…

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☆ ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ(Joseph Sheridan Le Fanu, 1814-1873)
アイルランド人の小説家。 怪奇小説とミステリーを得意とした怪談作家で、19世紀以降の短編小説のジャンルに大きな影響を与えた。
『カーミラ』は吸血鬼小説として多大な影響を及ぼして、カール・ドライヤー監督の前衛的傑作映画『吸血鬼(1932年)の基礎ともなり、ロジェ・ヴァディム監督『血とバラ』による現代劇の淫靡脚色された幻想映画にもなった。

 

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2017年10月 5日 (木)

文学賞は日系英国人のカズオ・イシグロ氏に

 スウェーデン王立科学アカデミーは5日、2017年のノーベル文学賞を、英国籍で長崎県生まれの作家、カズオ・イシグロ氏(62)に授与すると発表した。「わたしを離さないで」や「日の名残り」などの著書で知られる。「日の名残り」で英国最高の文学賞ブッカー賞を受賞。多くの作品が映画化や舞台化されている。

【プロフィル】カズオ・イシグロ氏

 1954年11月8日、長崎市生まれ。

 60年に両親と渡英。ケント大、イースト・アングリア大大学院で学ぶ。

 81年に短編小説で作家デビュー。82年に戦後の長崎を舞台にした小説「遠い山なみの光」を発表し脚光を浴びる。89年の「日の名残り」で英ブッカー賞を受賞、作品は映画化された。

 他に、上海租界を舞台にした「わたしたちが孤児だったころ」(00年)など。「わたしを離さないで」(05年)も映画になったほか、日本ではテレビドラマも制作された。(共同)

http://www.sankei.com/life/news/171005/lif1710050036-n1.html

▼英作家、カズオ・イシグロさん「忘れられた巨人」 10年ぶりの長編

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受賞理由については、「記憶、時間、自己欺瞞(ぎまん)」がイシグロ氏の作品に深く関連するテーマであると指摘し、「我々が世界とつながる感覚が不確かなものであること、その深淵を、偉大な感情の力をもって明らかにした」と評している https://www.google.co.jp/amp/news.livedoor.com/lite/article_detail_amp/13709471/

アトランティス人は記憶力を発達させた

アトランティスの先祖たちは、外観も精神的諸能力も我々とは異なっていた。
論理的知性や算術的能力は全く欠けていたが高度に発達した記憶力を持っていた。

現代では人は概念によって思惟するが、アトランティス人は心像によって思考した。アトランティスの教育方式は、人生の全てに画一性をもたらした。長い年月にわたって、物事は幾度も同じやり方で繰り返された。その忠実な記憶力は何ものにも進歩することを許さず、人々は、かつて「見た」通りに行為した。権威者とは多くを学んだ人物ではなく、むしろ多くを経験し、従って多くを思い出せる人物であった。

アトランティス時代に、秘儀参入者たちとその使者たちにおかれた信頼は、彼らの個人的経験の豊富さよりもむしろ、その叡智の古さに基づいていた。

論理的に思考する力が初期のアトランティス人に欠けていた一方で、彼らの高度に発達した記憶力は、彼らの為すことにある独特の性格を与えた。
記憶力は知力よりも低く、下位の自然存在の諸力に近いものであった。生命力というものをアトランティス人が制御する事が出来たのは、このためだった。今日人が石炭から熱エネルギーを用いることが出来るように、アトランティス人は、生体の種子からエネルギーを取り出すすべを知っていた。
植物の種子を焼き、生命力を技術的に利用可能な力へと変換するための機械装置を持っていたのである。

http://koinu2005.seesaa.net/article/142991830.htmlより

2017年9月30日 (土)

プルースト「失われた時を求めて」を褒める書評を自ら編集、新聞掲載の金銭を支払っていた

フランスの文豪マルセル・プルースト(Marcel Proust)が、長編小説「失われた時を求めて(Remembrance of Things Past)」の第1編「スワン家のほうへ(Swann's Way)」を褒めそやす書評を自ら編集し、新聞に掲載してもらうため金銭を支払っていたことが、直筆の複数の手紙から明らかになった。

 プルーストは、出版社の編集者に送った書評をタイプライターで清書するよう依頼。そうすればプルースト自身の手で書評を書いたという痕跡が消え、金銭の授受からも距離を置けるなどと記していた。

 プルーストが書評の紙面掲載を主導的に画策し、出版社グラッセ(Grasset)の担当編集者ルイ・ブラン(Louis Brun)に「金は全額返す」と約束した手紙の存在は、非常に貴重な「スワン家のほうへ」の初版本とともに明るみに出た。この初版本は来月、フランス・パリ(Paris)で競売大手サザビーズ(Sotheby's)が主催するオークションに出品される。

 裕福だったプルーストは、日刊紙「フィガロ(Le Figaro)」の1面に「スワン家のほうへ」を高く評価した書評を掲載してもらうため、当時の金額で300フランを支払っていた。これは現在の価値に換算すると約1000ユーロ(約13万円)に相当する。また、友人が同作を褒めちぎった長めの書評の要約版を日刊紙ジュルナル・デ・デバ(Journal des Debats)の1面に載せるため、さらに660フランを支払っていた。

 2つの書評は、プルーストの長年の友人で著名な画家だったジャック・エミールブランシュ(Jacques Emile-Blanche)が記した「スワン家のほうへ」を称賛する書評をさらに都合よく編集したものだった。

 書評では「スワン家のほうへ」について「眠気を催すような駄作の山を吹き飛ばすような佳品」と高く評価。著者を英国の文豪チャールズ・ディケンズ(Charles Dickens)になぞらえつつ、「ムッシュー・プルーストのものの見方、感じ方は全く独創的」「本書はキュービスト(立体派)の第4次元に近いものを表現している」などと評している。

 初版本はオークションで40万~60万ユーロ(約5300万~8000万円)で落札されると見込まれている。
【9月29日 AFP】

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2017年9月24日 (日)

マリオ・バルガス=リョサ『読書と虚構を褒め称えて』

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読書は夢を生へ、生を夢へと変え、私というこのちっぽけな人間を文学という世界に近づけてくれます。母に聞いたところ、私の初めての創作は、読み終えてしまうのが辛かったか、あるいは結末を変更したくなった物語の続きを書くことだったそうです。そして、ひょっとすると、まさにそれこそが知らずに一生やり続けてきた作業なのかもしれません。かつて子ども心を興奮と冒険でいっぱいにした物語の延長を、成長し、大人になり、年老いるあいだもずっと書き続けるということが。

(ストックホルムにおけるノーベル文学賞受賞演説:オンライン版『エルパイス』紙二〇一〇年一二月八日の全訳)より
http://palabras.jp/2011/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%A7%E3%82%B5%EF%BC%9A%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E6%96%87%E5%AD%A6%E8%B3%9E2010%E5%8F%97/

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羽衣ストーブ館

  • 静岡新聞 2001年5月22日記事
    フランスを中心としてヨーロッパで製造されたアンティークストーブ100点以上はひとりの日本人個人によって南仏を中心に長期コレクションされたものであります。 ◆南仏より海を渡ってやってきたアンティークストーブ100台たちは清水港へ上陸して、東海大学社会教育センターに移築した江戸時代に作られた曲り屋の屋敷のなかに展示された。 ◆鋳物ストーブ100台たちは、その後も数奇な運命をたどることになる。
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22カードの意味

  • _0 愚者
    タロットアルカナの22枚には、世界の変化を表すことが記されています。カードの意味を知るには、図案のもつ表のイメージから解放されることが大切です。

オンライン状態

ペンギンタロットの原画

  • 0の愚者から21の宇宙(世界)まででひとつの話が結ばれる
    兆しを理解して現実なるものを深くたのしく感知する訓練カードです。 タロットを機能させるには慣れ親しむことからはじまります。 まだ目には見えていない物事や潜在的な事柄を導き出す道具でもあります。 各アイコンをクリックすると、21のカードが観れます。